悠闇恋歌 壱ノ唄





 光を失ったのは幾年前。
 でも貴方の声も感触も、この双眸で見たようにわかるから。

 だからお願い、貴方の手で、すべてを塞いでいて。

 貴方以外見ないでいいように、
 聞かないでいいように、
 感じないでいいように。

 すべてを、優しいその手で塞いでしまって。







 朝は別れ、昼は休息、そして夜は目覚めの時間。
 花が閉じた後、虫たちが眠る頃、仄かに軒先に灯りは燈り、白粉の香りとあでやかな誘い文句、夜露を弾かんばかりの三味線の音が、耳と視界を満たす。
 それが花街の一日のはじまり。
 それは花街梗絽(コウリョ)に店を構える一流娼妓楼、亜花音(アカネ)楼でもそうだった。
 ゆさゆさと揺さ振られて、亜花音楼の娼妓朱李(シュリ)は眠りの淵にあった意識を現実に引き戻された。
「朱李、そろそろ起きな。開門に間にあわないよ」
 聞こえる声は毎夕起こしてくれるつっけどんながらも優しい声で、ゆっくりと朱李が体を起こすと、あと三十分と教えてくれる。
「おはよう…、雪花(セツカ)」
「おはよう」
 声に混じる僅かな衣擦れ。音の主である既に雪花は着替えを済ませているらしく、足が畳を踏むたびに、さらさらと布が畳目を擦る音がした。
「もう…開門?」
 問うと雪花はそうだよ、と声を返し、さらさらと畳をくすぐりながら部屋を横切った。その音を聞きながら立ち上がった朱李はふらふらと洗面所に向かおうとした。しかし、まぶたに闇を抱える身では、今自分が何処を向いて立っているのかがわからない。だが、見えない双眸の代わりがあった。
「雪花、巧真(タクマ)は?」
 多分朱李の着る着物を準備しているのだろう、タンスを引いたり押したりする音の方へ問うと、
「巧真? ああ、ちょっと待ちなよ」
 ぱたぱたと忙しい足音が室内から消え、すぐにまた戻ってきた。
「出勤板に名前があったから…今は外だろうね。呼ぶ?」
「うん、お願い…」
「じゃあ、その間に顔を洗ってな」
 座って、と手を取られてその場に朱李が腰を下ろすと、どうやら準備されていたらしい水桶が置かれ、ここにあるからね、と丁寧に雪花が水桶の場所を教えてくれる。それに従いながら朱李が顔を洗っていると、忙しそうな雪花の声が横から飛ぶ。
「あ、乃々(ノノ)。巧真知らない?」
 巧真と同じこの楼の使用人を見付けたのか、雪花が問うと、すぐに声が響いてきた。声は可愛らしいもので、雪花付きの禿である乃々のものだ。
「巧真さんならさっき朱門にいました。言伝ですか?」
「朱李が起きたと伝えておいで」
「はい」
 ととととと、と軽やかに階段を駆け下りていく音。それを聞きながら手拭を捜そうと手を彷徨わせていると、はいはい、と声が飛んだ。もちろん声の主は雪花だ。
「巧真が来る前に着付けは済ませるよ。立ちな」
「ありがとう、でも手拭…」
 目に闇を飼うために、朱李は娼としての着付けと髪結いが出来ない。そのためいつも雪花が買って出る。
 本来ならば見世に出て、開店時間前だというのにすでに格子の外にいる客に愛想をまかなければならないのに、雪花はそれをいいから、の一言で絶ち、毎日の着付けと髪結いを引き受けてくれている。
 今日は紅と鬱金であわせて、と楽しげに着物を出しているらしい雪花の声を後ろに聞きながら朱李が手桶から顔をあげると、同時に襖が開いた。
「朱李」
 声の主は、巧真。
 この楼の用心棒をしている男だ。
 五階にある朱李と雪花の部屋まで駆け上がってきたのか、額にはうっすらと汗をかき、半分開いた口からは荒い息を吐いている。しかしそれは朱李には見えないもので、ただはぁはぁと忙しない呼吸で、急いできたのだと感じながら巧真と呟くと、どすどすと畳を踏みながら男は朱李に近づくと、畳んであった手拭を取って水に濡れた朱李の白い頬を拭った。 その仕草は優しく丁寧なものだ。
「悪い、遅れた」
 横柄な態度で謝ると、巧真はほら、と朱李の手を引いて立ち上がらせた。
 細い体は屈強な腕にもたれ、倒れることなくすらりと立ち上がる。その横に、雪花が立った。
 自分より些か低いと思われる朱李の腰に手を伸ばし、雪花はじゃあ、と寝巻の帯をほどきながら襦袢を朱李に持たせた。
「着物は俺が着せるから、巧真、あんたは髪」
「わかった。でも雪花太夫、十時から指名がなかったか」
「まだあと15分ある。それに真宮様だし…」
 言いながらほどいた帯を落とすと、現れた白い肌を隠すように、素早く襦袢を着せて、雪花は器用に襦袢の下から寝巻を取り去った。
 巧真といえど男。
 朱李が恥ずかしがるだろうと気遣ってのことだが、当の朱李はなすがままに袖に手を通し、今日はどうしようかと榛の髪を弄る巧真の無骨な指に小さな頭を預け、まだ紅を引いていない唇を薄く閉じている。
 普段から物静かな朱李だが、着付けや髪結いの時はさらにしおらしくおとなしい。その朱李の小さな頭から伸びる、長い榛色の髪に無骨な指を埋めながら、巧真が声をあげた。
「雪花太夫、簪何処やったっけ。あの、紅珠の」
「そこの引き出し。あ、帯留め取ってー」
 雪花と巧真が忙しなく動くあいだ朱李は微動だにせず、まるで着せ替え人形のように寡黙だ。
 器用さとは無縁そうな無骨な手が櫛を持って繊細に髪を漉き、髪の一本一本の向きに気を配りながら髪型を決めていく。
 僅かに首を揺らしながら、朱李は薄く唇を開いた。
「巧真」
「ん?」
「今日は瑠璃と玻璃の簪がいい。…真萩様からの指名だから…」
 朱李は盲の娼だ。
 本来ならば、見世に出ることなどかなわないどころか、一流娼妓楼に身を置く事すら叶わないはずだが、朱李は特別に見世に出ることを赦されている。
 目が見えなくともその容貌の麗しさゆえに客がついているのだが、朱李が口にした真萩という客は、初めて朱李が床にあげられた―――水揚げの時からの客で、朱李を敵娼としてくれている。毎週というほど頻繁にではないものの、月に二度は必ず姿を見せ、酒を酌み交わしたり、床を共にしたりして帰っていく客だ。
 今日は彼からの指名が入っていたと思い出し、ついと口に出した朱李は、知らず、袖を僅かに握り締めた。
「瑠璃と玻璃? 何処だっけ…」
 紅珠の簪を手に取りかけていた雪花が棚から瑠璃と玻璃の簪を取り出すと、巧真は髪で細い束をつくり、毛先を跳ねさせて花のように見せた髪をほどいた。
「じゃああだんごにするか。シンプルに」
 雪花から渡された件の簪を受け取ると、細い、絹糸のような髪を漉いて簡単に結い上げる。
 榛の髪によく映える瑠璃と玻璃の珠がついた簪。
 真萩が朱李のためにと特注で作らせたものだ。
 精巧かつ繊細なつくりのそれを髪に挿して、前髪を櫛でそろえてやると、同時に、雪花の手が朱李の細腰に帯を巻き終えた。
「はいできた。裾を踏まないようにな」
 蝶を象った帯止めを鬱金の帯にとめてぱんとたたくと、なだらかな肩にレースの肩掛けをかけて微笑み、雪花は、次は、と棚に脚を伸ばした。
「朱李、指名は何時からだ?」
 雪花はこれから部屋の準備があるため、見世には行けない。
 下手をしたら転びかねない朱李の白い手を取りながら巧真が問うと、雪花が化粧道具を持って戻ってきた。
「真萩様は紅だけがお好みだから…今日は紅だけだな」
 はい、と指先で紅指しを持ったまま小指で朱李の顎をあげさせると、半開きの、滑らかな曲線を描く唇に器用に紅をひいていく。
「今日は…ん…十二時から」
 口を一旦閉じて、と言われて上唇と下唇をあわせながら、朱李が告げると、巧真はそれなら、と指先に乗せただけの白い手を軽く握った。
「それなら部屋で待ってるか。雪花太夫、今日の朱李の部屋、どこ?」
「えっと…榛の間。え、もうこんな時間っ?」
 予定表と時計を見比べ、雪花が驚いたとばかりに双黒の眸を見開き、慌てて鏡を覗き込みながら頭を整え、可笑しいところはないかと自分の衣装を見直す。
「巧真、朱李お願い!」
「わかった。こけんなよ」
 巧真の言葉に、わかってると言いながら雪花が駆けていく音が、盲の朱李の耳にも届く。
「じゃ、俺たちも行くか。朱李もこけんなよ」
 言い、巧真の手が朱李の白い手を引く。
 巧真の仕事は、主に朱門周りの警護と、朱李の世話だ。
 仕事の時は手を引いて部屋まで連れて行き、仕事が終われば部屋の片づけを、朱李に代わって行う。
 転ばないようにと足元に気をつけながらの歩調は遅く、普段の巧真の歩調では約半分だ。
 しかしそれでも、彼はゆっくりと、半歩ずつ進む。
 指先に感じるぬくもりを頼りにしながら、朱李は客のために取られた部屋へと、巧真とともに向かった。




 ※敵娼…その客の決まった相手。他の娼に手を出す事は御法度。







 真萩克樹(マオギ カツキ)という客との逢瀬は、とても静かだ。
 この客は目に闇を飼う朱李と対極に、喉に蓋をしているように声を発さない。もう二年ほどの客ではあるものの、朱李は一度として彼の声を聞いたことは無かった。
「今宵は…静かですね」
 指に感じる硬い髪を撫でながら朱李が自分の膝に頭を載せた男に声を落とすと、彼は僅かに頷きながら、伸ばした指で紅だけを引いた唇に触れてくる。
 外気を取り込む戸を開け放っているが、今夜は楼全体が静かで、花園や茶屋のある中庭で鳴いている微かな虫の音が聞こえるほどだった。
 先程酒を少し嗜んだせいか、紅を佩いた唇からは甘い酒気が零れる。
 それをからかうように指先は唇を辿り、やがて逸れて、頬を撫でる。
 少しざらつく感のある手のひら。
 朱李はこの手が好きだった。
 あの男の手と、似てるから。
「ん…」
 一旦離れて、水音を滴らせた指先が口腔にゆっくりと忍び込んでくる。
 甘酒の味。
 口腔を探る指に舌を絡めて甘く歯を立てると、膝に乗っていた体が起き上がって、朱李を押し倒す。
 背の後ろは褥。
 白い布の上に体を投げ出した朱李の袂に、大きな手が忍び込んでくる。
 白磁、と称される肌。
 手のひらが忍び込み、膨らみとしては小さい部類に入るであろう乳房を掴み、ゆっくりと揉みしだいていく。
 温かい手。
 彼の手も、温かい。
 髪を結う時にうなじに触れる指の背や、紅を指す時に頬を支える手のひら。
「ん…っ、ァ…」
 声をあげて、さらりと肌をすべる着物をそのままに、膝を立てて白い下肢を露にする。
 白い腿の、危うい場所に蝶。
 此処の娼は、皆しるしにと、体の何処かに墨を入れている。
 先程着付けをした雪花は、白い胸の合間に、黒の蝶。
 朱李は銀に玻璃の蝶だ。
「や…っ…そこ、だけ…っ」
 肌を削って液を流し込まれた場所はそれだけ過敏で、彼と似た指で撫でられると、常よりも体の奥深くがずくんと疼く。
 まるで、本人に撫でられているように。
「ふ、…んン…ッ」
 熱い舌先が左右対称に広がった蝶の翅をなぞり、伸びた指先が、下衣をつけていない脚の合間へと伸びる。
 常ならば、娼の脚の合間には潤んだ蜜花が咲いているはずだ。
 しかし、亜花音楼の娼はそうではない。
 真荻はまず手のひらに触れた少年の証を指先でなぞり、それがふるりと震えながら立ち上がったのを確認すると、指の環で留め、それから他の指で下の蜜花の狭間をなぞった。
 いっそ武骨とすら思える指が、浅く、花を撫でる。
「ひっ…あ、ぁ…ッ」
 ぞくりと甘い何かが背を駆け抜け、ひくりと体が震える。
 指が、ゆっくりと、まるで一つになってしまう隙を見計らっているかのような緩さで滑り込んでくる。
「んッ…あァ、あっ…」
 商売道具と呼んでもおかしくない場所。
 しかし、触れられればしとどに蜜を零し、潤んで男を迎える場所であり、そして、その上に息づく少年の証は好奇の目を楽しませるもの、もしくははしたない蜜を零すための、もう一つの花だ。
 指は緩やかに蜜壷を慣らし、本数を増やして拡げていく。
 そして、細い脚が開かれ、男の腰が脚の間に割り込んでくる。
 硬い、大きなものが入り込んでくる。
「……っ」
 唯一、この男の喉から吐き出される音は、微かな、息を詰める声。
 僅かに耳を掠めて消えいくものだが、それを朱李は聞き逃さずにいる。
 聞いたことは無いが、なんとなく、彼の喉が息を詰めたなら、こんな音がするだろうと思うからだ。
「はぁッ…あぁあ…」
 熱いものが、狭い隘路を満たす。
 覆いかぶさってくる体は大きく、朱李は押しつぶされそうになりながらも、背中に回った腕に体を預けた。
 真萩は、体だけを求めてくる類の客ではない。
 無遠慮に白い胸にむしゃぶりついて、脚を左右に開かせて、欲望を突き立てるだけではない。
 浮き上がった肩甲骨が触れるのは傷つく恐れの無い絹のシーツなのに、手のひらで包み込んで体を重ねる。
 少しでも朱李が痛みや苦しさを感じて声をあげると、労わるように、額や頬にキスが降りてくる。
 髪を撫でて肌を摩って、時折煌びやかな土産を持って、まるで、何処かの姫のような扱いをする。
「んっ…ア…」
「………ッ」
 激しい、優しい、律動。
 大きく揺らいだ体がびくりと一瞬震え、最奥に、熱いものが放たれる。
「ん…ッ…」
 どくんと脈打つものに刺激されて、朱李も短く喉を鳴らし、己の腹と相手の腹に挟まれた場所に薄い白蜜を零す。
 一呼吸置いて、ずるりと、力を失ったものが胎内から出て行くと、ひくつくそこは一瞬窄まって熱を引きとめようとしたが、熱の塊はそのまま体外へと出て行き、それに続くように、放たれたものがとろりとあふれ出した。
「…ン…ぅ…っ」
 零してしまうのは厭。
 楼の主人には、すぐに出してしまうようにと言われているが、朱李は一度としてそれを守ったことが無い。
 まるで愛しい男のものを放たれたように、脚を震わせながら擦り合わせ、快楽に綻んだ花びらを閉じて精を貯める。
 敷布を手繰り寄せ、下肢を隠しながら朱李が起き上がると、既に床を離れた真萩は、服を着ているようだった。
 優しい客だが、それでも、事が終わってしまうとすぐさま衣服を正す。
「お帰りですか」
 帰ることをわかっていながら朱李が問いかけると、伸びてきた手が、敷布の前をあわせる白い手を掴み、自分の頬に触れさせた。
 頷く顔。
「それでしたら…朱門まで見送りに」
 頬に触れたままの手の先。
 顔が横に振られ、手が離される。
 この客は、迎えも、見送りも、いつも望まない。
 逢瀬を重ねるのはこの部屋。別れるのも、この部屋。
 手が離れて、衣擦れ。
 シュッとタイを締めた音が響くと、再度朱李の前に気配が下りて、伸びてきた手が、一度離れた時にそのまま下に下りていた手を掴んだ。
「…ん…」
 頬に、優しい感触。
 唇を奪えばいいのにといつも朱李は胸のうちで思う。
 目が見えないから、誰にされても接吻けは同じ。
 だから、せめて、彼に似ているこの客にして欲しいのに。
「それでは…」
 頬へのキスは、別れの合図。
 一瞬触れるだけのそれを終えると、客は体を離し、部屋を静かに出て行った。
 白い敷布に体をくるみ、先程までの笑みを消して無表情で俯く娼を残して。





 仕事を終えて、一番先にすることは片付けだ。
 敷布を替えて、布団をたたんで、次の使用者がすぐさま使えるようにするのだ。本来ならば禿か、部屋を使用した本人が片付けるのだが、朱李の場合は違う。
 客が去って少しの間そこで体を休ませ、朱李を部屋に送った巧真が部屋の隅に置いていく鈴を捜し、襖を少しだけ開ける。
 そして。
 リン、リン、リン。
 三度鳴らせば、すぐさま巧真が駆けつける。
「仕事終わったか」
 階下に居たのか、荒い息を吐きながら襖を開けて部屋に滑り込むと、巧真はまず、朱李を抱き上げる。
 白い敷布にくるまれた細い体を軽々と、それでいながら丁寧にそっと抱き上げるのだ。
「お疲れ。綺麗にしような」
 先程まで朱李を抱いていた客と似た感覚の手のひらが朱李の体を大切に抱きながら、猫の子にやるように頭を撫でる。
「……」
 本当は、触らないで欲しい。
 本当は、触られて嬉しい。
 でも、やっぱり、触らないで。
 こんな、汚れた体を、触って欲しくないから。
「うん…」
 曖昧な心境を胸にめぐらせながら頷いた朱李を抱いて、巧真は部屋に備え付けの湯殿に向かう。
 巧真の仕事は朱李の世話。もちろん、情事後の世話も含まれる。
 纏った敷布をゆっくりはがして洗濯籠に放り込み、裸体を晒したままの朱李を巧真は静かに運ぶ。
 汗と体液にまみれた体を木椅子に座らせると、湯を桶に汲んで、巧真はなだらかな肩に湯をかけていく。
 石鹸を手のひらに擦り付けて泡立て、そのまま、手のひらで洗っていく。
 娼の肌は、売り物だ。
 傷つけることは赦されず、常に、すべらかであることが望まれる。
 それ故垢すりは使われず、娼は手のひらで体を洗う。仲間うちで洗い合うのだ。
 しかし、朱李の場合、これは巧真に一任されている。手が空いていれば雪花が時折行うが、彼に暇はなかなか無く、大抵世話役と任命されている巧真が、湯浴みを行う。
 その大きな、温かい手のひらで肌を撫でながら。
 朱李とて、娼だ。裸体で男の前の立つのに気がひけることなど無いが、巧真の前でだけは、いつも、耳が熱くなるのを感じていた。
 それなのに、この男の手のひらは何の感慨もなく肌を撫で、そう育たずにいるささやかな胸を泡で隠し、客との性交で使用した場所へと伸びていく。
 仕事ではない。
 性交ではない。
 この男は、なにも思っていない。
 それなのに。
「…ん…」
 狭間に滑り込んだ手のひらが少年の証を持ち上げ、その下の花弁へと指を進める。細くないが、太くもない指はゆっくりと鉤状に曲がって、中を軽く擦る。
 布団に零してこれ以上世話をかけさせるまいと溜め込んだ白濁が、ようやく零れてくる。
 ぱた、ぱた、と零れては檜の板に落ちて、合間を縫うように流れていく。
 これは仕事。
 彼にとって、生きていくために必要な金をもらうために行う仕事。
 だから、感じたくなんてない。
 だから。
「んっ…ぅ…んー…」
 漏れてしまう声は、なんでもない。
 ただの余韻。
 体内を指で抉られて、衝撃で声が漏れてしまうだけ。
 そう思って。
 お願いだから。
 誰に触られるより気持ちよくて指だけで甘い快楽にはじけてしまいそうなこの体を見透かしてしまわないで。
 くちゅりと濡れた音を立てて指を引き抜くと、巧真はそれを手桶で洗い流し、水をいれて温くした湯を、掻きだした白濁で汚れた場所に、ゆっくりとかけた。
「朱李。嫌なのはわかるけど、あんまり脚閉じるな。洗いにくいだろ」
 性交中は勝手に開く脚は、自然と閉じてしまう。
 意識して開かないと、すぐに、内へと閉じてしまうのだ。
「ん…」
 こんな事を言うのだから、きっと彼は、気付いていない。
 顔など見えもしない客たちに揉まれては赤い実を尖らせる胸の内など。
「…綺麗になったな」
 清めた脚の間に再度湯をかけながら、巧真が立ち上がる。そして、全身に湯をかけて白い体を温めると、すぐさま湯殿から出て、幅のある手拭を二枚持って戻る。
「そろそろ寒いな…部屋、火鉢置いてきたからすぐにあったまろうな」
 温かい手拭で朱李をくるんでしまうと、巧真はそれをかぶせたまま、榛の頭を拭き、濡れた頬を拭った。
 閉じた瞼に、ふわふわとした布の感触。
「うん…」
 やわらかな布が触れて、水分が拭き取られていくのを感じながら、病んだようにずきずきと痛む胸を抱えて、知らず白い手は知らぬ男の赤い痕が残された自らの胸に指先を滑らせた。
 温かいはずなのに、胸の奥だけが冷水を張ったように冷えていた。








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