ひとでなしの恋 1
お前はどんな親に育てられたんやと問われるたび、俺は俺を産んでくれた人の事を思い出す。
綺麗で優しくて、誰よりも強く剛かったひと。
そして、脆かったひと。
俺の母親を、思い出す。
どないして逢うたんや、と幼児にしてはませていた俺が聞くたび、母親は綺麗な顔を笑わせて、お前のお父ちゃんが一目惚れしよったんやと言った。
どこで、と更に聞くと、競売場で競り落としたんやと、包み隠さず教えてくれた。
俺のお袋は、人身売買の商品だった。
関西一帯を占める高槻組の跡取である高槻征一が見初めたのは、暇つぶしに訪れた競売場で借金の片にと売られていた商品だった。
天井なしに自分の値段が上がっていく中、一糸まとわぬ姿で白く滑らかな肌を晒しながら、その商品は怯みも泣きもせず、毅然とした表情で会場を冷ややかな目に写していた。
ただ見学して帰るつもりだったのに、気付けばアタッシュケースを片手に壇上にあがり、五億を置いて攫っていた。
五億の商品は、凛という名前の両性具有だった。
お前は買われた身や、せやから俺に尽くせと征一が言ってもまったく無感情で、わかりましたと了承の声を吐いた。
飼われてしばらく、凛の肩書きは若の愛人だった。
征一には決められた許嫁がいたし、凛にとっての征一は飼い主だったからだ。
征一は凛を気に入って、何処に行くにも連れて行き、何をするにも同じ事をさせた。
そして凛は征一に付き従い、夜になれば征一の褥に裸を寝かせ、突かれるがままに声を零し、愛撫を施されるたびに肌を震わせた。
「ぁ、あ…若…」
「ここがええのか、凛」
ぬちゃ、と濡れた音を立てながら未熟な膣を弄り、愛液を塗した指で陰茎をしごく征一の男らしく太く節くれだった太い指に翻弄されては凛は細い脚を戦慄かせ、狭い膣をひくつかせた。
しかし、媚びる仕草はない。
接吻けをねだる事もなければ、腕を伸ばして体を掻き抱いてくる所作もない。
だがそれでも、男を迎え入れればやわらかな胎内は優しく包むように肉の凶器を挟んだ。
「んっ、んぁ、はぁん…っ」
「お前のなかは狭い。せやのに俺のを全部飲み込んどる。わかるか?」
征一は若い。
太い楔は人より一回り二回りほど大きく、持続力も若さゆえか高い。しかしそれを、凛は受け止めていた。
薄紅の入り口を目いっぱいに広げて男を飲み込み、薄い腹を疼かせて男の精を飲み込む。その度に膣の上の陰茎は震えて透明な薄い液を零しながら悦びに勃ちあがっていた。
毎夜毎夜、飽きることなく凛の薄い腹は男を受け入れた。飽きることなく征一は狭い膣に押し入り、その中に精を放った。
その様子に、誰もが、もしやと予感した。
凛が来てからやがて三月が経とうとした日、誰もが怖れていたとおり、凛は孕んだ。もちろん征一の子だ。
月日を重ねるごとに凛の腹は大きくなった。あまり体格がよくないほうなので、それは顕著に見えてしまい、四ヶ月をいったところで組員全員に渡り知れる事となった。
そして、五ヶ月になった頃、征一の許嫁の組が乗り込んできた。遅まきながら、征一が愛人を孕ませたのを知ったらしい。
「どないなってんの、あの人は私のもんやで!」
征一の許嫁が子分を脇にどっさりと従えてやってきた時、凛は一人で家にいた。部下たちは居たものの、征一は出かけていて居ず、自室でまどろんでいた所を呼び出された凛は、座敷に正座して背を正して客を迎えた。
「どういう事や、あんた愛人のくせに、征一さんたぶらかして!」
「申し訳ありません」
「申し訳ありませんですむと思っとるん!?
謝る気があるんなら土下座して詫びやっ!」
甲高い声で捲くし立てる声に凛は全く動じず、目だって膨らんだ腹に手をあてた。
「それは出来ません。腹がつっかえます」
平然としたその様子に許嫁の女はキレ、懐に忍ばせていたらしい短い短刀を抜いたが、凛は驚いた様子もなく、片膝をついて立ち上がった女を見上げた。
「俺は若の持ち物です。俺を刺すいう事は若の持ち物に傷つけたいう事。わかっとりますか」
「屁理屈言わんと黙り!」
淡々とした態度が女を更に激昂させるが、ちょうどそこに征一が帰宅した。騒ぎを聞きつけてドスドスと足音荒くやってくると、激昂して短刀を振り上げながら立ち上がった許嫁と、平然とした面持ちで座した凛を見比べてため息をついた。
「とりあえず座れや」
征一の声に女は渋々座ったが、勢いは収まらない。
「どういうことなん、こんな愛人囲って!」
「俺の趣味や」
「趣味やって…あたしはどうなるん、許嫁やで!」
「解消や。凛が孕んでもうたしな、後継ぎは出来た」
「解消っ!?
アホ言うたらあかん、あたしは伊勢崎の娘やで、どういうことになるかわかって…」
「伊勢崎とはついさっき手を切ってきたとこや。お前の親父は俺より松江に傾倒しとる。ちょうどよかったわ」
紫煙を燻らせながら征一は言うと、傍らで微動だにせず静かに座している凛の腰を抱いた。
「お前がなんやら言うたとこで、解消は変わらん。そんなに結婚したいんやったら松江の倅と契れや。お前に懸想しとるらしいで、ちょうどええやないか」
言いながら征一は抱いた腰を更に寄せ、膝に載せる。嫌がる事もせず、なされるがままに凛は膝に腰をおろした。
「まっ、松江のはただのアホ倅やないの!」
「アホ倅にバカ娘でお似合いやないか。なぁ凛」
「なんやてっ」
口さがない征一の言葉に、とうとう元許嫁となってしまった女が短刀を握り締めて立ち上がる。
「ひとが大人しゅうしてれば好き勝手言いよって…っ!
死にや!」
せっかくべったりと化粧をして綺麗に繕っている顔を醜く歪ませて、至近距離から女が征一の心臓を狙う。
周りの誰もが、その俊敏さに身動きできないでいた。もちろん、ここに来てからの間に伸びた凛の髪を指先で弄っていた征一も。
しかし、ひとり。
凛だけは、女より早かった。
着ていた着物の袖で女の手を叩くと、裂けた袖を翻らせながら、刃が掠ってわずかに血の滲んだ剥き出しの腕で女の首をたたいた。
「ひぅっ」
間の抜けた声を発して、女は短刀を落とす。鋭い刃物はトスッと斜めに畳に刺さると、ぱたりと倒れた。
「若に刃ァ向けるっちゅう事は、死ぬる覚悟があるっちゅう事やな?」
冷静な声音は崩さぬまま凛は言うと、どないなんやと小さく問うた。
その声は、落ちた短刀の刃よりも鋭く鋭利に響く。
「ひ、ぃ…っ」
突然の凛の変容に、女はまともな口が利けない。叩かれた手を空中に彷徨わせると、ぱたりと後ろに倒れた。
「…おい、伊勢崎の。嬢ちゃんは凛に免じて返したる。とっとと下がれ」
腕を引き、元のように膝の上で凛がしゃんと背を伸ばすと、征一はぎょっとした顔のまま固まっている伊勢崎の子分を睨みつけた。
男たちは失神したままぴくりともしない女を抱き上げると、我先にと駆け足で帰っていった。
広い畳間に、征一と凛だけが残る。『下がれ』の声で子分たちも下がっていったらしい。
征一は凛の腕を掴むと、わずかに血の滲んだ肌に口を寄せた。
「お前の別嬪な肌に傷がついてもうたな。残念や」
「すぐに治ります」
「そか」
血さえ舐めてしまえばほとんど目立たない傷の腕を下ろすと、征一は手をそのまま腹に伸ばす。
着物を着ていてもわかる膨らみの腹。
征一はしばらく腹を撫でていたが、やがてすると凛を膝からおろした。
畳に降ろされ、正座をして袖を捌くと、膝の上に頭をかけてくる。
「早う産まれてこい、俺の可愛いやや子」
四ヶ月目を迎えたばかりの腹に耳を近づけて胎動を聞きながら言うと、征一はそのまま目を閉じた。
寝息を聞きながら、凛はただ静かに征一の硬い髪を慈しむように撫でていた。
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結末まで書いておきながら、言いますが。
なんだかぱっとしない話です、これ…
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