かごしとね 4
ぎし、と軋む音。
それが無理矢理二つに折られている自分の腰からなのか、それとも二人分の体重を受け止めている寝台の脚からなのかわからなくなりながら、柚は自分を熱いもので串刺しにしている男に揺さぶられながら、力なく垂れている自分の腕を見ていた。
無理矢理に始まった行為に、最初は泣き叫んだ。声が枯れて咳をするほどまで喚き、目の前が見えなくなるほど涙を散らした。しかしどこまでも強引で凶暴な行為は終わることなく、後ろの蕾はもちろん、柚の性が中間である事を示す、陰茎の下の薄紅の花弁も貫かれた。そして、内側も外側も白いもので穢され、傷ついた内からは鮮烈な赤が溢れて敷布を汚した。
どくり、と身体の深いところで熱が弾ける。胎内をひろげていたものがずるりと抜けていくと、じんじんと痺れたそこから、幾度も放たれては溜まっていった液体がどろりと零れていくのがわかった。
汗ばんで熱を持った身体が離れ、掲げられていた脚が寝台の上に放り出される。
部屋に入る前に着ていた服は、今ではもとの形がわからないほど無残に引き裂かれ、ただの布切れとなって柚の両手首を縛っていた。
男の荒い呼吸と、柚の浅い吐息が、熱のこもった室内に満ちる。
血の匂いが濃く残る部屋の空気。
それを浅く吸い込んだ柚の胸元に、呼吸を整えた男が横たわった。
政務中は整えられている髪はいまでは無造作に荒れていて、黒い毛先が柚の胸をつつく。
背中に回された腕を感じながら、柚が、は、と短い息を零すと、くぐもった声が命令した。
唄え、と。
「…―――・・・・」
呼吸を繰り返していた唇から、自然と子守唄がこぼれた。
ぎゅ、と強く、背を抱きしめられる。
それを感じながら、柚は目を閉じた。
こぼれてきた涙で、全部のことが流れて消えてしまえばいいのに願いながら。
ガチャン、ガチャン、ガチャン、と硬質な音を立てて、昂稀はそこを封じた。
頑丈に作られた三つの錠はすべて鍵が違うもので、それを鳥籠の入り口につけた昂稀は、感情のない瞳を向けてくる小鳥を見て、無感動に口を開いた。
「…唄え」
命令に、乾いた唇が開いて子守唄が零れだす。
淀みない歌声を聴きながら昂稀はふらりと立ち上がり、文机についた。
そして、黙々と政務を行った。
浅い眠りしか知らない、反逆王として。
「王、どうなさったんですか」
昂稀が広い食堂でひとりで食事を摂りはじめてから一週間、食事を終えて席を立とうとした王をとどめたのは、忠臣である和秦だった。
「どう…とはなにがだ?」
「柚さまの事です。近頃、誰も姿を見ないんですが」
宮中を世話する女官も、数多い文官も、宮中といわず門扉にまでいる武官も、誰も。
夜会が開かれた夜から、柚は宮中から消えたかのように、ふつりと姿を見せなくなっていた。
「遊山にでも行かれているんですか」
遊山なら頷ける。しかしそれなら多くの女官や仕官たちも知っているはずだ。
重ねるように問いかけた和秦に首を振って、昂稀はうっそりと笑った。
「いや、俺の政務室にいる。見るか?」
「見るか…?」
会うか、ではなく、愛玩物を披露するように、見るか、とかけられた声に疑問を唱えた和秦だったが、ついて来いと言われれば後を追うしかない。
席を立ち、食堂を出た昂稀を追って、和秦は足早に政務室へ向かった。
数ヶ月ぶりに見た、仄昏い笑みに嫌な予感を抱きながら。
久しぶりに訪れた政務室の扉を見ながら、和秦はごくりと唾を飲んだ。
そう言えば、ここのところ昂稀の政務室が不可侵になった事を思い出したのだ。
以前ならば誰でもというわけではないが、和秦はもちろん、侍従や側近の出入りがあった場所なのに、近頃は不可侵域になっている。王が、誰も入るなと命じたのだ。
なにが政務室にあるのかという疑問はあるが、政務室にあるものなど限られてくる。
国政に関わる文献と書類、昂稀の少々の私物と卓子と椅子と、そして柚の籠くらいだ。
どれもこれも普通に人の目に触れるもので、特に今更隠されるようなものは何もない。
いったい昂稀は政務室でなにをしているのだろうかと思いながら、不可侵の域に脚を踏み入れた和秦は、一瞬の後、目を見開いた。
政務室は、殆ど変わりがなかった。
多大な書類の載った政務用の卓子が荒れているのは偶にある事だし、書棚に収まった書簡や書の並びがおかしいのもよくある事だ。開け放たれた窓から吹き込む風に、窓にさげた布がはたはたとはためくのも、また、そこからは池のある中庭が見え、植えてある樹から白い花弁が風にあおられて舞い込むのもいつもの事だ。
しかし、明らかに変わったものがひとつだけあった。
昂稀が政務をする際に使っている、黒い漆塗りの文机から一尺ほど離れた場所にあるのは、柚の籠だ。自室を持たない柚にとってはこの籠が部屋になるわけだが、和秦が知っている限り、そこはいつも、綺麗に整えられている場所だった。
昂稀が好んで床で寝たがるので柚がわざわざ女官に頼んで借りてきた敷布が敷かれた床に、瀟洒な作りの寝台。そして、美しい歌を細い喉で奏でる、王だけの小鳥。
それだけが入る、綺麗な籠だった。
しかし、いま和秦の目の前にあるのは、退廃と淫猥に満ちた檻だった。
やわらかな敷布にはただのはぎれのようになってしまった服の一部が散らばり、乱れて皺だらけの寝台には、辛うじてかかっているという程度の布を白い肌にかけた華奢な体が転がっていた。
なだらかな、まだ幼ささえ感じる曲線を描く白い背が、二人に向けられていた。しかし背中に散った紅い痕がどこまでも淫蕩に満ちた雰囲気を醸し出し、相反した婀娜さがある。
誰何を口にしようとした和秦だったが、それを唾と一緒に飲み込んだ。
ごろりと転がり、こちらを向いた顔は紛れもなく柚だった。
「……わしん…?」
「柚、様…」
どこか強気な、ぱっと咲いた花のような笑顔を浮かべる顔は、今はただ白く、無感情だった。
「柚、和秦がいるんだ。整えろ」
昂稀の声に柚はかすかに頷き、ぎしりと音を立てて小さな寝台から降りた。
しどけない肌からするすると滑って、床にぱさりと衣服が落ちる。
露な裸体を晒しながらも柚は恥ずかしがる事もなく無感情にそれを拾い、一週間前に見たときより細くなった気のする指でそれを羽織った。
皺の寄った衣服には赤や白の奇妙な染みがいくつも散らばっており、それらの色は明らかに体液の色だった。
「わ…若、なぜ…」
とっさに和秦は問いの言葉を主に投げかけた。
しかし、返ってきた答えは正気を逸脱していた。
籠の入り口につけられた三つの錠をガチャン、ガチャン、と重々しい音を立てて取った昂稀は開いた錠をそこいらに投げ出して入り口を開け、長身を屈めて中に入った。
柚がいるだけではそんなに狭いとは思わない籠だが、長身の昂稀が入ると、一気に狭く、限られた世界のように見える。
自ら進んで籠に入った王は、感情をなくした小鳥の傍に立ち、タン、と音を立てて足を慣らした。すると柚は糸の切れた傀儡人形のように柚はかくんと膝を折ってその場に座り込んだ。
腰を落とした柚を見下ろして満足げに笑った王は腰を屈めてしゃがみ込み、大柄な体を柚の膝に近づけて、ようやく口を開いた。
「なぜ、か」
ゆっくりと昂稀が体を屈めていくのを光のない瞳に映していた柚は、黒い頭が目の前を過ぎ、やがて膝に乗ろうとすると骨がうっすらと浮くほどに細くなった手首を持ち上げて、己を拘束する男の頭を軽く撫でた。それに促されるように柚より一回りも大きな体が細い小さな膝に乗る。
感情を失った小鳥の膝に寝転んだ王は、ふっと笑って和秦を見上げた。
「これの膝だけが、俺の場所だからだ」
笑っているような、茫洋としているような表情で言った王は、下がれ、と小さく命じてごろりと寝返りを打った。
己の腹に鼻先を押し付ける王の頭を撫でて、柚はぼんやりとした瞳を閉じた。
狭い籠に、小鳥と王。
何処までも限られた、たったふたりしかいない世界を見ながら、和秦はただ言葉もなく部屋を去った。
微かに耳に流れ込んできた子守唄に背をそっと押されながら。
「ぁ…ァ、ん…っくぅう…」
すっかり光を失くした瞳が、昂稀を映して少し潤んだ。
柚を籠の中に監禁し始めて、二週間。
苛々する、と昂稀はやわらかな狭隘に楔を沈めながら思った。
目の前の小鳥は、あの日から一時たりとも離さずにいる。それこそ食事のときも湯浴みのときも、政務のときもだ。
食事は全て女官に政務室まで届けさせ、昂稀の手から食べさせている。湯浴みは一日に一度、皆が寝静まってから柚の腕と脚を縛って湯殿で行っている。もちろん、全て昂稀が手ずから洗ってやるのだ。さすがに厠まで手を加えはしなかったが、一日に二度、時間を決めて王のみが使用する厠へ連れて行った。政務の際は籠に入れ、尽きることなく唄わせた。唄いすぎて喉が嗄れれば井戸の奥で冷やした甘露水を飲ませ、また唄わせた。日に短い休憩の時間には膝を枕にして眠り、その間も唄わせた。
離れる事のない、満ち足りた日々。
それなのに、柚は話さない、笑わない。
命じなければなにもしない。
喉を乾けば甘露を、食事には最高級のものを、結果的には裂いてしまうが衣服には絹をとなに不自由のない暮らしをさせているのに、昂稀が可愛がれば可愛がるほど、柚は感情を無くしていくのだ。
滾ってやまない楔を包み込んでくる場所はこんなにも諾々と自分を受け入れてくれるのに、柚は笑ってくれないのだ。
物も快楽も愛情も与えている。確かに自由は制限されているが、なにが悪いのだろう。
あの、子どもを次々と殺した父ですら、溺愛していた母には同じことをしていたというのに。
瀟洒に飾った小さな部屋にいれて、蜜水や果実水を与え、食事には国内外から取り寄せた最高級のものを、衣服には煌びやかな石と、絹を。
子どもの頭など一度も撫でないくせに、妻にはいくらでも口付けを、快楽を、愛情を与えていたのに。
「……くそ」
苦々しく唸った昂稀は、腰を僅かに震わせて肉の最奥に熱を放った。幾度も白濁を注ぎ込まれた花弁からは、こぷ、と空気を含んだ音を立てて白濁が零れ落ちる。
同じように達し、未熟ですらある芯から少量の蜜を零した柚は、ひくひく、と二度体を震わせて、瞼を閉じた。
力を失った体を抱き寄せて、昂稀は汗ばんだ肌に額をすりつけた。
だらりと下がった腕は、抱き返してはくれなかった。
揺すられている、と感じながら柚は開いた唇から感情の無い喘ぎを零した。
胎内の深く、花が裂けた様なかたちをしたそこを犯す太い楔は、内から焼こうとしているのかと疑うほどに熱く、そして内側から裂かれそうだと惧れをなすほどに暴れている。
なにをそんなに、目の前の男は必死になっているのだろう。
柚より九つも上で、王で、この国の全てを手中にしているのに、なにをたかだか柚一人にかまっているのだろう。
そんなに、他の王に歌をくれてやったのが気に障ったのだろうか。
望まれれば、いくらでも柚は歌っているのに。
恋歌でも哀歌でも詩歌でも、子守歌でも。
歌えと命じられて、そむいた事などないのに。
知らぬ男に歌った恋歌より、浅い眠りしか知らないという昂稀に歌った子守唄のほうがいくつもいくつも多いのに。
どくりと最奥で跳ねた熱が、じわりと胎内を流れてごぷっと溢れた。
気付かぬうちに達していた芯から蜜が落ちていくのを感じながら、柚は瞼を閉じた。
しばらくもしないうちに、汗ばんだ腕が掻き抱くように抱きしめてくる。
なにをそんなに、この王は繋ぎとめているのだろう。
どこにも、逃げはしないのに。
傍にいるのに。
こんなにも傍にいるのに。
両性でありながらふくらみが殆どない胸にすりつけられた額に、柚はぼんやりと思った。
この胸のうちを引き裂いて、中に巣食う想いを見せてやれたらいいのにと。
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