慈しみの花 23









 起き上がることすら一人で出来ない頃から見てきた子どもは、いつの間にこんなにも成長し、自分の知らないところで一人の人間として独立していたのかと、昂天は震える細い肩を見つめていた。
 微かな音を立てて長椅子から立ち上がり、逃げられやしないかなどと、目の前の養子に対しては初めて抱く感情に戸惑いながら近付く。真那は逃げなかった。
「真那」
 しゃくりあげるたびに大きく揺れる小さな頭に呼びかけると、それでも健気なほど真っ直ぐなまなざしが昂天を見上げた。
「は…い」
 上向く細い喉は、すっかり嗄れてしまったようだった。
 昔から虚弱の気があった真那は、季節の変わり目には必ずと言っていいほど体調を崩しては寝込んでいた。小さな白い顔を真っ赤にして苦しげに眉を寄せ、こちらまで苦痛を覚えるほどこんこんと咳をしていた。そのたびに昂天は甘露水や生姜湯を飲ませて、か細い喉が壊れてしまわないように、少しでも痛まないようにと世話をした。
 けれども今の真那が望んでいるのがそんな関係ではないことは、昂天にもようやくわかっていた。
「お前、は…その…俺が恋しいのか」
 言ってから、随分と傲慢なことを口にしたものだと気付いた昂天だったが、一度口にしたことが今更無かったことになるはずもない。しかしそんな昂天の胸中など知るはずもない真那は、顔に水でも浴びたかと思うほど濡れた頬を真っ赤に染めながら、それでも大きく頷いた。
「恋しいです」
 本来の性格上、実際は逃げ出したいほどの羞恥も理性もあるのだろう。膝の上で強く握り締められたこぶしの微かな震えや、小さな耳朶までがほんのりというには鮮やか過ぎる色合いに染まっていた。
「死にたいほど」
 嗄れた幼い声が、返答に戸惑ってばかりいる大人の胸を強く突いた。そして皮肉げに歪められた唇が、緩やかな弓形に反った。
「だから、私は珪鈴莉真那を消したのです。ここにいるのは、林伶真。あなたに恋慕などひとかけらも抱いていないのです」
 ぐいと強く、真那は袖口で目許を拭った。強い布地に擦られた目許は尚更赤く腫れたが、雫はもう残っていない。
 すんと鼻を啜り、真那は立ち上がった。細い腰には重過ぎる刀の位置を直し、深く一礼する。
「夜分遅くにまことに失礼致しました。…明日は御出立。護衛には若輩ながら、私も御同行させていただきますことを御許しください。それでは、御前を失礼致します」
「真那、待て、話はまだ終わっていない」
 口上でも述べるかのような早口で退出しようとした真那を、咄嗟に昂天は手首を掴んで引き止めた。
「まだ、終わっていないだろう」
「…失礼致します、珪昂天殿下」
 硬く強張った声と冷たい指先が、細い腕を捕えた手から、真那をそろりと逃す。
 細い背中が暗い廊下の闇に吸い込まれるように消えるまで見送った昂天は、そのまま眠ることも出来ずに、出立の朝を迎えていた。











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