慈しみの花 16
柚空からの言葉を受けて真那を探した昂天だったが、結局は会えないまま日にちだけが過ぎた。
他国へ来ても、珪では名のある役職についている昂天には遊山ではいられない。他国の人間と会えば挨拶を交わし、互いの情勢を探りあう。嵐国建国記念式典とあって近隣諸国はもちろん、遠方からの賓客なども迎えている王宮は、またとない情報交換の場所でもある。今すぐにでも駆けて王宮中を巡り、自分に偽りを告げて消えた養子を探し出したいのは山々だが、その希求を世間体と面子が邪魔する。
苛々としながらもあっという間に日は過ぎ、迎えた成婚の日。
慶事ということで普段は開放されていない重い門扉が開かれ、既に民達が王族の登場を今か今かと見上げている。数万人とも思われる民衆達は露台へと続く百段の大階段から一間(約180センチ)ほど離れた場所にいる。その前には横一列に整列した衛兵が並び、さらに王族が露台から一直線に降りてきたときの為にと大階段の真ん中を幅三間ほど空けて、その道を守るように、民衆からの無礼がないようにとこれまた衛兵が一直線に並んでいた。
広場を一様に見下ろせる露台に準備された椅子に腰掛け、高く晴れた空を見上げていた昂天は、すいと隣の椅子に落ち着いた人影に視線を降ろした。
来賓用にと美しい布の張られた椅子に腰をかけたのは、銀の簪を挿した美しい姫君だった。その隣には自分と同じ顔をした弟がいた。
「久しぶりだな、昂地。いつ来たんだ」
「久しぶりですね、昂天。昨日の昼に到着しました。呼桜が出席するので、私は欠席の予定だったのですが…利勝王に勧められました」
「そうか」
隣国斉には、正式な男子がいない。その為姻戚を結んで互いの国交の要を保つ意味合いと、将来の王位継承者を提供する為にと、数年前に昂地が斉へと婿入りしていた。現在は宰相補佐の地位についている。
久しぶりに逢う双子の弟と話を弾ませていると、その下でさも窮屈そうに呼桜が呻いた。
「帯がきつい…慶事はいい事だが、正装ばかりは如何ともしがたい」
「緩めては駄目ですよ、呼桜」
隙あらば帯を緩めようとする妻を窘めている昂地だったが、ふとあがった喚声に顔をあげた。
ゴオオンと銅鑼が鳴り響き、その音が絶えると民衆達も水を打ったように静まった。
「嵐国十五代王嵐賦壮愁栄様、珪国十二代王第一姫珪杏鋳柚空様、御来場」
朗々と響いた声とともに、露台の中央にある扉が女官の手によって開かれ、中から正装した愁栄と柚空が現れた。
愁栄は風の強い嵐国ならではの襟の立った衣装を着ており、その裾には国色である鬱金色の飾り紐が結ばれて揺れていた。そしてその隣には、華やかな衣装を纏った柚空が並んでいる。既に衣装は珪のものではなく、後ろに長くたなびくほどに布がとられた股割れの下衣を着ており、あまりの長さゆえに後ろに控えた女官が抱えて控えていた。
「―――…っ」
我が末弟ながらよく似合うと昂地が呟き、それに頷こうとした昂天は、喉を詰まらせて目を見開いた。
愁栄と柚空に続いて欄干に姿を表し、まるで影のようにそろりと柚空の後ろに控えた、ひとりの官。立て襟の官服をまとい、飾り紐の結わえられた槍の先を上にして持っている官は愁栄の後ろにもいたが、柚空の後ろに控えたのは、珪国で姿を見たのが最後となっていた養子だった。
周りにいる官と同じ衣服に身を包み、髪型もせっかくの長く艶やかだった黒髪が、ばっさりと切られている。武芸を習わせはしたものの、刀や槍などよりは扇や花を持つに相応しい白い手に槍を握っていた。珪国では見たこともない姿に変貌した養子は、けれど昂天が長年慈しんできた真那そのものだった。
「馬子にも衣装ですね」
「馬鹿を言うな、柚空は素材はいいんだ、素材は」
茫然としていた昂天の耳に、隣に座して拍手を送る弟夫婦の声が入る。真那に会う機会が少なかった呼桜が成長した真那に気付かないのはまだわかるが、昂地は斉国に婿入りするまではずっと珪にいたのだ。気付かない筈がない。
拍手をする手も疎かになってしまいながら昂地へと視線を向けると、同じ顔でありながら、いつも飄々としている弟は、細めた目を笑ませた。
「どうしました、昂天」
「気付いてないのか、昂地」
「なにをです」
「柚空の後ろに」
「駄目ですよ、昂天。他国の女官に目をつけては」
「とぼけるな」
「なにをこそこそしてるんだ、お前たちは」
拍手が鳴り止み、同じ拍子で呼桜が口を挟む。一応扇を持っている手のひらは膝のあたりにあり、姫君どころか武人もかくやといった呈で握られている。
歓声の中で唯一不穏な会話をしている双子をぴしゃりと窘めると、呼桜はじろりと昂地を睨んだ。
「昂地。馬鹿を言っていないで、弁明しろ」
何かを知っているとしか思えない様子に、声を低くしながら昂天が囁くと、昂地は清々しいほどの悪びれない笑顔を見せた。
「弁明? 私がですか」
まったく裏がないとばかりに笑む昂地は怪しげだ。
「その顔、やめろ」
「失礼ですね、同じ顔でしょう。まあ、話はあとで…ほら、呼桜、昂天、見てください、柚空も立派になりましたね」
言われて視線を向けると、手のひらを民衆に向けて振っている末弟の姿がある。幼い幼いとばかり思っていたが、いつの間にかその笑顔は、立派に歳を経ている。
そして、その後ろに控えている養子の姿も、腕に抱き上げていた幼子のそれではなく、今では昂天の思い描けない場所にいる、一己の他人だった。
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