慈しみの花 12





 


 皐月。
 嵐国、斉国との幾度とない会議の結果、討伐軍の総軍長には昂天が起つことになり、先駆隊隊長として斉国からは斉国国王第一子の斉章藍呼桜が選出された。次期玉座の主ということで昂天は宥めようとし、斉王利勝や斉妃伊鈴も幾度と無く押し留めようとしたのだが、生来我が強く武と義に満ちた心中の呼桜は、幼馴染みである昂天を脅して結局先駆隊隊長として半ば強引に就任してしまった。
 既に先駆隊は、不幻の駐屯地があるとされる珪国と斉国の境にある宣薯山脈に隊を進めており、不幻本拠地が宣薯山脈の頂上にあるとの報告が届いていた。その報せを受け、十三日には本拠地付近まで各部隊が近付き、その後に続いて昂天率いる総軍が軍長の指揮に従って小部隊になり、珪国側からは昂天の部隊が、斉国側からは呼桜の先駆隊がと双方から挟む形でという作戦が固まっていた。
 十三日に宣薯山脈の不幻本拠地に近付くまでは、六日ほど費やす。明後日には出立という日の午後、残っていた政務を片付けていた昂天は不意に響いた足音に、政務のための広い卓子に広げた地図を眺めていた視線をあげた。
「珪鈴莉真那(ケイ・レイリ・マナ)様ご来訪です。お通ししても宜しいでしょうか」
 扉越しの声は、昂天の宮である牽翔宮の憲兵長のものだ。応を返すと、ギイと重い音を立てて扉が開かれ、そろりとした仕草で真那が入室した。
「御政務中、真に申し訳ありません」
 入り口で深く頭を下げた真那は顔をあげると黒い双眸で軽く室内を見渡し、ごく静かな声を零した。
「すぐに退室いたします。八半刻(約十五分)でよろしいので、お時間をいただけますか?」
「ああ、そちらへ座ってくれ」
 至極控えめな様子にもちろんだと頷くと、失礼いたしますと再度一礼して、真那は静かに衣服の裾で床を撫でながら応接用の椅子に腰掛け、昂天が目前に腰を下ろすと長い睫毛に縁取られた目を瞬きをするようにゆっくりと伏せ、目礼をして手のひらを膝に乗せた。
「御政務中に申し訳ありません」
「いや…それは構わないが、急ぎなのか?」
 政務中と知って真那が訪ねてきたのはこれが初めてだ。なにか急用かと問いかけると、一瞬考えるように視線を彷徨わせたあと、義子は僅かに眉を寄せて笑った。
「急ぎ…というわけではないのです。ただ、お話をしておきたくて」
「話とは?」
 問いへの答えは、なにかを隠匿している響きがある。それはなにかと更に問いを深めると、真那ははい、と応えた。
「今月の中旬に、嵐国へと参ります」
「……嵐国へ」
「はい。由緒ある珪国王家に末端として控えさせていただいている御恩を返すことが出来ればと思い、珪王様にも御許しを戴きました」
「父上が許したのか?」
 我が子のように可愛がっている真那が嵐国へ嫁するのを、父王が快諾したとは思いがたい。あからさまな動揺を言動に出してはいけないと、抑えた声をあげると、しかし真那は笑みを浮かべて細い首を振った。
「珪王様は御許し下さいました。嵐国へ行っても幸せにするようにと仰って頂きました」
「お前はそれでいいのか? 嫁する意味をわかっているのか、遊山などではない、軽々しく戻っては来れないんだぞ」
「解っております」
「解っているなら何故だ」
 真那の言葉に、早くも動揺を出してしまいながら昂天は声を荒げた。
 本来ならば、珪王家末端とは言えども血の繋がりが一切無い真那が他国とはいえども正妃として王に嫁ぐというのは、大層喜ぶべき事柄だ。
 しかしそれを喜ぶことが出来ない。己の心中に疑問を感じながらも昂天が投げた声に、真那は一切変わらない笑みを浮かべた唇を開いた。
「昂天様や珪王様、珪王妃様に人となりを聞いて、…恥ずかしながら、お慕いしております」
 軽く弾んだ明るい声、ほんのりと紅に染まった双眸に滲む色は、明らかな恋情。
 最早なにも言えず、昂天はただただ亡羊と真那を見つめていた。
 ぼやけて二重に三重にと重なる視界の中で、腰ほどまで伸ばした黒髪をまとめた簪だけがやけにはっきりと見える。それは真那が十四になった祝いにと、昂天があげたものだった。
 涙の雫をかたどった水晶が幾つも連なった簪を揺らして、真那は微笑んでいた。








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昂天あわあわ。
義父さんは大変です(?)