Robinson's cherry 19


















 
 かしゃん、かしゃん、と機織りの音。
 途切れることなく響く機織りの音は、それでも時々なにかを思いだしたかのように途切れた。
 機を踏む白い足の皮膚は、治ることなく歪に引きつっている。
 裸足が、かしゃりと音をたてて機を踏んだ。
 いつもと変わらない、なにも変わらない昼下がり。









 一日を、ただ延々本を読んで食事をして時々運動をして過ごす。必要なもの以外持ち込まなかったため、テレビもコンピューターもゲームもない。人間はウォートだけなので話し相手もいなく、ただ一人、ウォートは本だけを相手に過ごしていた。
 航路は自動設定のうちに入っていたので、操縦席にはあまり立ち寄ることなく十日ほど何事もなく過ぎた。十一日目にようやく異常があったかと思ったがたんなる軌道修正で、結局の所着くまで、何も問題は起こらなかった。
 そして十四日目、ようやくウォートの乗った小型航宙機は、リンチュエイから約二百q離れたところにある小さな島の連絡所に降り立った。
 荷物を持って十四日ぶりに機外へ出たウォートは、約七ヶ月ぶりにシェルサーラの地を踏んだ。
「久しぶり、ウォート!」
 ウォートを迎えたのは、あらかじめ連絡を寄越していたアークと雫、それに樹の三人だった。
 抱きついてきた雫は、嬉し涙をウォートの服にこすりつけて拭うと、顔をあげた。
「元気だった?」
「ああ。久しぶり。アークも、樹さんも」
「久しぶり兄貴」
「やあウォート」
 それぞれ再会の抱擁を交わして挨拶すると、ウォートは荷物を芝に降ろした。屈んで、自然の芝生に思わず触れる。
「兄貴、ここからは船旅だ。半日かかるぞ」
「わかってる」
 苦笑いして、ウォートは岸に着けてあった舟に乗り込んだ。今まで乗っていた最新鋭の航宙機とは比べものにならない、木で作られた舟だ。だがそれすら嬉しくて乗り込むと、続いて三人も乗り込んだ。ユウヨク族は飛べはするが、他の人間を抱えて飛ぶほどの力は若い雄性種でないとないのだ。
 全員が乗り込んだところで、アークが舟の櫂を取り始めた。半年と少し前までは最新機器の前に立って操縦していたのに、今ではオールを漕ぐことの方が得意になったようで、慣れた手つきで波を切っていく。
 久しぶりに見た雲すらない澄んだ青の空を見上げながら、ウォートは臓腑に心地よい空気を肺深くにまで吸い込んだ。
「荷物はそれだけ、ウォート?」
「これだけだよ。あまり物を持ち込まないように言われてるし…持ってきても使わないものだけだから。それより雫」
「澪のこと?」
 鋭く指摘すると、雫はそれがね、と小さな声で呟いた。櫂を漕いでいたアークもつられて眉をしかめる。樹だけは変わらず、いい天気だなと空を見上げている。
 櫂を操りながら、アークが口を開いた。
「わからないんだ。兄貴に渡して欲しいって鱗を渡された日から、行方が知れない」
「砂浜に来なくなっちゃって…澪の友達にもどこにいるか知らないか聞いたんだけど、誰も教えてくれなくて…」
 もう三カ月以上行方不明だと呟いて、雫は薄く涙を浮かべた。
 空は快晴だというのに、船上は暗い雰囲気に静まり返る。
 舟から腕を出して、透明度の高い海面に触れる。
 この海のどこかに澪はいるはずなのに、行方が知れないと聞いて、アリアに叱咤激励された日から尽きることなく燃えていたウォートの決心は、途絶えそうに揺らいだ。
 雫の声が、静けさを破いた。
「リンチュエイの街で見たって人もいるよ。でもそれきり誰も見てなくて…。今日はリンチュエイに着船するけど、どうする? 明日から」
「俺たち明日は集落に帰らないといけない。樹さんも集落を空けていられないし」
 決められた仕事はなくても、生きていくためには仕事をしないといけないのだ。
「明日から…とりあえず澪を探す。どうしても逢いたい。逢って話がしたい」
 揺らいだ決心は、言葉にしてみたらなんだと思うほど簡単に留まった。
 ここまで来て、諦めない。
 いないというなら見つかるまで探すだけだ。たとえ海の底にいようとも、地の果てにいようとも。
 見つけたらすぐにプロポーズするんだと笑わせて、ウォートはさり気なく、積んだ荷物の中に手をすべらせた。
 なんの容器にも入れずにそのまま持ってきたそれが素肌に触れたのを確かめて、すぐに手を引いた。
 リンチュエイの街はまだ見えてこない。




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気付いたら一年放置…そろそろ終わらせねば!!