Robinson's cherry 17
かしゃん、かしゃん、と機織りの音。
途切れ途切れに響くその音は時たま止まり、また思い出したように鳴り始める。
機を踏む白い足は、くるぶしの辺りの皮膚が歪に引きつっている。そこだけ皮膚がないのか、周りの肌とは違って赤く皺が寄っている。
裸足が、かしゃりと音をたてて機を踏んだ。
静かな昼下がりだ。
広大な庭の一角に設置されている離着陸専用の飛行場には、格納庫が四つある。現在三つは自家用の宙艦船と飛行艇、それに小型の宙艦船が格納されているが、最近もう一機あった小型飛行艇が故障して廃棄処分となったため、現在は空いている。
ウォートが移住宣言をかまし、アリアとウェイが婚約発表をした日から五日後、空いた格納庫に最新型の小型航宙機が届いた。
メタリックシルバーではなく、パーフェクトブルーの派手な機体を見上げて口を開けたウォートは、はっとして手に持ったままの書籍を持ちなおした。
シェルサーラから持ってきた書籍は結局二ヶ月ほどですべて読み切ってしまったが、暇を見つけてはまた読んでいる。シェルサーラ語の勉強にもなるし、書籍の中には詩集もあり、好きな詩も詩人も見つけることが出来た。ワープ装置なしでシェルサーラまでは二週間ほどかかる。途中まではほぼ自動航路で行くので、暇な時間が多い。十冊あまりあるので、二週間では多分読み切れないが、詩集の分だけなら読み切れるだろう。
「お兄さま、お荷物はそれだけですの?」
ウェイを連れたアリアが、届いたばかりの宙艦船を見上げた。
もう正体の知れてしまったウェイは、今では人工皮膚をつけずに素顔で過ごしている。態度は穏やかで仕事は優秀にこなしている彼だったが、メイドや部下からは見目の悪さにみな彼に接する態度は厳しかったのだが、一枚脱げば(文字通りのことだ)、今は家督相続権はないとはいえ良家の次男であり、性格も穏やかで優しく、顔立ちも精悍ではないものの優しげで爽やかな整った顔だ。今ではメイドや部下からの当たりもいい。
今日もマスコミ関係者が多く門前に押し掛けてきていたが、一時間ほど応対してイライラしてきたのか、それきり二人で部屋に籠もってデスクワークをしていたはずだ。マスコミへは、騒ぎ立てる前にとアリアが自らマスコミ関係者に電話をかけ、『婚約しました』と一言で切った。翌日には紙面をにぎわすほどのニュースになった。今朝のニュースでもそれが特集されていたが、何をそんなに取り立てることがあるのかしらと、本人はいたって冷静だ。
「仕事は終わったの?」
「今日の分はね。ずいぶん派手なのが届いたんですのね」
「ああ。パーフェクトブルーの機体なんて、初めて見た」
「僕も初めて見たよ。…すごい派手だな」
ウェイも会話に参加する。もともと三人とも幼い頃からの知り合いだ。ウォートにとっては、友人でもあり、兄でもあった。
「荷物はそれだけ、ウォート?」
「本当はあまり物を持ち込まないように言われてるんだけど…この本はあっちから持ってきたものだしね。あとは衣服と食料を積み込んで終わりだ」
言って、中に乗り込むと二人もついて入ってきた。
アリアが無理を言って作らせた航宙機は上等なのもので、一階部分に住居が、二階部分に操縦席と寝室が設けられている。外見ではそう大きくないのだが、中は広く機能的に作られている。
「ふうん…いいものね」
中を見渡しながら、自分も一機買おうかしらと呟くアリアを置いて本を直すと、ウォートはすぐに出た。二人もついて出てくる。
「出立はいつだったかしら」
「明々後日だよ。もう軍には辞表を出したし…家はアリアとウェイに譲ることで決まったし」
ブライゼータ家から二度目の辞職宣言に、軍は、騒ぎ立てるのではなく、目を丸くして応対した。例のごとく参謀長官殿は情報を耳にしたと同時に後ろ向きに倒れ、十二人の提督のうち五人はぶっ倒れ、四人は血圧が一気に上昇した。今回はもうわかっていたのでクロウが驚くことはなかったが、ため息は吐いた。この件もニュースになり、マスコミは再度賑わっている。
「そうよね。ありがとう、お兄さま。ウェイは別居はしなくていいって言うんだけど、わたしはいつまでも同居なんて嫌ですもの。わたし、夢でしたの。結婚したら、旦那様と一緒に、白くて、普通の大きさの家に住むのが」
使用人はすべて解雇したが、来週にでも、ウォートから屋敷を譲られたウェイとアリアが移り住むだろうから、また同じように雇ってもらうことを約束している。
うきうきと手を組んで目を輝かせたアリアは、素敵だわと口走った。鬼のような手腕を持つ彼女もやはり年相応の輝く甘い夢は抱いていたらしく、そして婚約者殿はそれに勝てなかったらしい。
「うふふ、お兄さまの家のお庭、可愛い花壇があるのよね。わたし、お母さまみたいにバラも好きですけど、バラよりはチューリップの方が好きなの。赤や白や黄のチューリップをたくさん植えるんですのよ。楽しみ…」
嬉しげに微笑み、ウェイも手伝ってね、と言うあたり抜け目ない。
「アリア様、ウェイロン様!」
邸宅の方から、二人を呼ぶ声がした。アリアは大方マスコミねと目を眇め、ウェイの腕に自分の腕を絡ませた。
「じゃあね、お兄さま」
「また、ウォート」
手を振って邸宅に向かった二人に笑顔で手を振って、ウォートはもう明々後日には飛び出す青い空を見上げた。白い月が青空に、やけに寂しく浮かんでいた。
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