Robinson's cherry 12
「じゃあ一つ目ね。お兄さまの恋人のお名前は? どういう人でしたの?」
ちゃっかり一つで二つの質問をした妹が煎れた紅茶を持ちながら、ウォートは立ちのぼる湯気を軽く吹いた。ゆらゆらと立ちのぼっていく湯気の向こうに、楽しそうににこにこ笑っている妹がいる。
「名前は、澪・フラルーエ」
「ミオ? きれいな響き」
聞き慣れない名前だが、しかし響きが気に入ったようで、アリアは二度ほどミオと呟いた。
「大人しくてあんまりしゃべらなくて…あまり笑ったり怒ったりもしなかったよ。でも、時々笑うと本当に可愛かった」
ふと見せる一瞬の笑顔はなによりも愛らしく、美しかった。
「すごく美人なんでしょう?
目や髪は何色?」
「ああ。目は青で、…アリア、グランブルーっていう色知ってる?
透明の青で、すごく澄んでるんだ」
空を映し込んだ海をそのまま凍らせてはめ込んだような、澄みきった海の青。いつでも美しく光っていた。
「サファイアより?」
「サファイアよりずっときれいだよ。髪は金だった。白金」
「白金!? すごい…」
様々な人種の住む広い宇宙の中でも、白金はめずらしい。突然変異でそうなることはあるが、大抵は色素異常でアルビノのため、目は赤く、虚弱体質であることが多い。
感激してアリアの頬が赤くなる。合成アイドルのリンダでさえ、髪は薄茶なのだ。
「腰より少し長いくらいあった」
波に揺られては広がり、風にさらわれては軌跡を描いた長い髪。絹糸よりも細くて、触るといつも指の間からさらさらと流れていってしまった。いつだったか雫から習ったとおりに三つ編みにしてみると、不器用に仕上がって、ところどころからほつれた髪が出ているのに、嬉しそうに笑んでいた。
手の平を開けば、いつでもすべらかなあの感触が思い出せる。
「アリア、人魚姫の話、覚えてるかな」
「おぼえてますわ。本当にいるのかしら」
そうは言いながらもいるわけないと言わんばかりに紅茶をすすった妹に頷く。
「いるんだよ、人魚は」
「うそ」
「澪は人魚なんだよ」
「うそ」
「本当に」
伝説や神話でのみ語られている人魚。もう何百年、何千年前から侵入不可区域とされていたシェルサーラ星は、人魚や背に翼の生えた人間、耳や尻尾の生えた人間をその豊かな自然の中で育んでいたため、特別保護区域とされていたのだ。
「俺たちみたいに立って歩くこともできるけど、ずぶ濡れになったら人魚にもどるんだ」
もっとも、澪は歩き馴れないせいか、最初は一人で十メートルも歩けなかったが。
「金青の鱗は海にはいるとすごくきれいだった」
揺らめくたびに陽光を反射して夢のようにきらめいた、幾千幾万の少し硬い、でも一枚一枚は透き通ってやわらかい鱗。それは陸に上がると、やわらかな弾力を持つ、透けるように白い肌となって、陽光に映えてウォートの目を何度も射ていた。
「夢じゃないんですの?」
「まさか。じゃあついでに話そうか。天使は信じる?」
「信じませんわ。無神論主義ですもの」
今でも神を信じているものはいるが、大抵の人間は無神論者だ。
「シェルサーラには天使もいるよ。天使とは言っても、ただ背中に翼があるだけだけど」
澄みきった空に映える、雫の淡い水色の、まだ小さな翼を思い出しながらウォートが言うと、アリアは顔を赤くした。
「お兄さま、わたしをからかってらっしゃるでしょ」
「からかってなんかないよ。アークの恋人の名前は聞いた?」
「名前だけしか教えてくださらなかったけど。雫さんでしょう?」
「そう。雫は背中に翼があったよ」
「また」
からかわないでと怒る妹を笑いながら、ウォートは紅茶を飲み干す。
「シェルサーラには大きくわけて三つの人種が住んでるんだ。人魚、翼人、獣人。みんなやさしい人たちだった」
「獣人はわかりますわ。ワイズ先生みたいなひとでしょ? でも翼人なんて、本当にいますの?」
「本当にいるよ。翼で空を飛ぶんだ」
アリアはまだ疑わしげにしていたが、次兄と違って嘘をつかない兄が言っていることなのだと思うと、頷いた。
「お兄さまがおっしゃるんなら信じますわ。アークお兄さまなら信じなかったかもしれないけど」
そう言って笑った妹は、何枚目かのクッキーを囓った。
「二つ目。どういう風にして知り合ったんですの?」
いっそのことアークと雫の馴れ初めからすべて聞かせてやろうかと思いながら顔の前で手を組むと、アリアは急いでクッキーを咀嚼して身を乗り出した。
口のはしについたクッキーのかすをとってやりながら、一つ一つ思い出していく。
「初めてあったのは砂浜。雫が友達を紹介するからって、俺たちを砂浜に連れて行ったんだ。シェルサーラは自然がすごくきれいで、人工のものなんてないんだ」
「本当に楽園ね」
ほう、と儚いため息を吐いて夢見がちに言うと、アリアはそれで、と余韻すら残さず兄に詰め寄った。おっとりした性格の姉のリリスとは全く似てもにつかないじゃじゃ馬姫。彼女に一番似ているのは父親でも母親でもなく、アークだろう。
「そこで初めてあったんだ」
「第一印象は?」
「ぼんやりした子だなって思った。俺が声をかけるまで砂浜で寝てたから」
一糸まとわず砂浜の砂よりも白い肌を陽光に晒していた澪の華奢な肢体を、今でも鮮やかに覚えている。
「ふうん…わたしも本物の砂浜に寝転がってみたいですわ…。仮想海岸はなにもないんですもの。出逢いどころか、人すら」
つまらないわ、そんなの、と呟いた彼女は、どういうきっかけで付き合いだしたのと聞いた。
「三つ目に数えていいかな」
「だめっ。もう一個だけ、聞きたいことがあるんですもの」
ふくらませた頬をウォートが指先で押すと、アリアは指をつかんでいいでしょう、とせがんだ。
「澪が毎日会いに来てって言ったから…だから俺は毎日会いに行った」
長い道のりを、馬を走らせて毎日通った。それが苦痛と思うことなど一日もないほど、澪との逢瀬は楽しく、そして大切だった。
「じゃあ告白は澪さんから?」
「いや。結局はどっちも告白はしなかった気がする。好きだとは言ったけど、付き合ってくれとまでは…言わなかったよ、俺も澪も」
今考えれば、なんとも曖昧な位置に立っていたのだと思う。友達以上恋人未満の、不安定で頼りない関係。互いにあれほど戯れあっておきながら。だが今さらになって、真面目に告白などしなくてよかったとも、思わないわけではない。もし恋人になってくれという意味で好きだと言ったなら、振られていただろう。ただ、行き過ぎた友達関係に、行き過ぎた期待を抱いていたに過ぎないのだ。
所詮は、ウォートの片思いだったのだから。
「ふうん…そう。じゃあ、恋人ではないの?」
「微妙。友達じゃなくて、恋人でもあったし、友達であったけど、恋人じゃなかった…かもしれない。曖昧だったよ、だから俺にもよくわからないんだ。振られたのか、それとも恋愛なんて始まっていなかったのか」
「そう」
短く言うと、アリアは部屋の中の時計を覗いた。
午後三時五十五分。彼女がこの部屋に来てから、早三十分が経とうとしていた。
なにを本気で妹の質問に答えてしまっているのだろうと少し自己嫌悪しながらウォートが紅茶をすする。
「アリア、そろそろワイズ先生が来る時間だろう。戻らないといけないよ」
兄として諭すと、アリアはそうねと残念そうに紅茶を飲み干した。
「三つ目はまた今度。約束を破らないように」
「いいえお兄さま。三つ目は今日聞きますわ」
立ち上がった彼女は風に吹かれて少し乱れた髪を直し、スカートの裾をはたいた。
「この質問はゆっくり考えて。答えは遅くなってもかまわないから」
「なにかな」
自室に戻らないといけない妹と扉まで歩くと、扉の前まで来て、アリアはウォートを見上げた。気の強そうな、アークとよく似た顔立ち。
「お兄さまは今でも澪さんのことが好きでしょう?
またね、お兄さま」
言いたいことだけ言うと、アリアはさっさと部屋を去っていった。
残されたウォートは扉を閉めて、一人床にしゃがみ込んだ。前髪をくしゃりと掻き上げる。
最後の質問は、思った以上に重い質問だった。
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書きやすい子No.1なアリアです。
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