Robinson's cherry 13
「…これを以て、昇格式を終える。続いて祝賀会に移る」
最高司令官の締めくくりの言葉と共に、拍手がウォートの周りで弾けた。
アークがこの星を離れて半年経ったこの日、ウォークランド・ブライゼータは、第六艦隊隊長の座につき、同時に中佐から大佐へと昇格した。
濃紺を基調とした軍服の胸元で大佐の地位を示す、並んだ金の三ツ星と、その左右に翼が象られたバッジが光る。
「ブライゼータ大佐、おめでとう」
「ありがとうございます。クロウ最高司令官殿」
透明な赤の液体の入ったグラスをかちんとあわせて簡単に祝杯を挙げると、クロウはその横のテーブルにもたれた。
「弟に続いて兄も昇進か。…そうだ。アーク元大佐から連絡は来てるか」
クロウの問いかけに、頷く。
アークが行ってから三ヶ月後、実家宛てに手紙が一通届いた。中には便箋が三枚と、手の平ほどの小さな厚みのない麻袋、そして封筒が入っていた。
あの楽園にもとりあえず、最新機器とまではいかないが、機械はある。他の星系からの艦が近づいたときなどにそれを察知するための装置が、アークがあの星に移住すると同時に設置されることになったのだ。それを利用して、アークは手紙を送ってきたらしい。
便箋三枚でつづられた手紙には、誓約式を挙げて正式に雫と夫婦になったこと、集落の下に家を建てて、そこで雫と暮らし始めたこと、お守りは雫からウォートへのものであることなどが書かれていた。最後に、両親と兄、弟妹に対する謝罪と、今度は子供が産まれたら手紙を送るとの旨が書かれていた。
そして封筒にはシェルサーラ語でウォート宛と書いてあった。シェルサーラ語で書かれていることを見ると、ウォートにだけわかるようにしたいためらしい。きっと澪のことが書かれているのだろうと思うと胸が軋んで、結局は開かないままデスクの引き出しの奥にしまっている。
ウォート以外に好きな人がいると言っていた澪は、きっと思いを遂げて幸せになったんだろう。だが今でも好きな気持ちはかわらないぶん、それを聞くのは辛い。きっと一生ウォートはこの思いを引きずっていくのだろう。
「三ヶ月前に一通届きました。元気でやっているそうです」
「そうか。ところで大佐、君の噂について聞きたいことがあるのだが…いいか」
グレイは声を潜めると、グラスを軽く揺らした。
「かまいませんが…テラスに移動しましょうか」
「ああ」
脇で息子への讃辞を受けて笑んでいた両親に少し話をしてくると告げると、ウォートは新しいグラスを給仕から受け取ってテラスに向かった。
喧噪から離れて静かなテラスでは、クロウが立っていた。
「お待たせしました」
「いや」
後ろ手で閉めた窓硝子の向こうでマスコミ関係者が興味深げにこちらを覗いているが、防音効果のある硝子越しではこちらの声は聞こえない。
ぱちんと音がして、見ると、クロウが首もとのボタンをはずしていた。片手で器用にはずすと、二個目もはずす。
「大佐も楽にしてくれ。どうも堅苦しいと話しづらい。ああ、ウォートと呼んでもかまわないか。俺もクロウでかまわない」
クロウは今時めずらしいほど軍人気質ではない男だ。どちらかというと規律や常識を実力で打ち破るタイプなので、部下にはひどく慕われる。
「どうぞ。では、お言葉に甘えて」
片手で首もとのボタンを二個はずす。涼しい夜風が胸を冷やして通り過ぎていった。
しばらく二人とも、お堅い頭の参謀長官が見たら怒鳴りつけそうなだらしない格好のまま、グラスを傾けていた。
ウォートが二杯目のグラスを傾けたとき、不意にクロウが口を開いた
「人魚の恋人がいると、噂があるのだが」
「誰にです」
一瞬どきりとしたが、それは夜風にさらわれて冷えた痛みだけ胸に残った。
「君にだ。ウォート」
「わたし、ですか」
確かにいたことはいた。だがそれは過去のことで、今となっては本当に恋人の域に互いがいたのだろうかとすら思うほど曖昧な関係だったのだ。
どちらにしろ、もう終わった恋だ。
首を横に振って、グラスを傾ける。
「確かにいましたが…終わりました。振られましたよ」
「振られた」
「ええ。過去のことです。どこでそれを?」
グラスを傾けながら自嘲的に笑う。
出所は元第五艦隊隊員かアークからに決まっているが、アリアどころか最高司令官にまで知れ渡っていたことまでは知らなかった。解散となった第五艦隊隊員たちは、隊長を筆頭に噂好きだったらしい。
「アークが言っていた。兄思いなやつだな、君の弟は。もし兄がシェルサーラで暮らしたいと言うなら、止めないで欲しいと」
「……そうですか」
アークの気持ちは嬉しいが、今のウォートにシェルサーラに行く意味はない。行っても惨めたらしく澪を見つめることしかできない。
俯いたウォートの空のグラスに、クロウが赤い液体を注ぐ。
「ありがとうございます」
しばらくまた二人して黙り込む。
初めての恋ではなかった。だが今までしてきたどの恋よりも情熱的で、そして静かな恋だった。
一ヶ月という期間は今までで一番短い時間だったが、どの恋よりも充実していた。
きっと、これ以上夢中になる恋愛はないだろう。
これ以上親を悲しませないためにも、ブライゼータ侯爵家の繁栄のためにも、親の決めた婚約者と結婚して跡継ぎを作り、出世しながら生きていくだろう。もしかしたら事故で死んだり、戦死したりするかも知れない。どちらにしろ、その人生の中に、恋愛はないだろう。
あの恋を最後に、執念深いと言われようとも、しつこいと言われようともこの想いを抱いて生きていくだろう。
魚のようにしなやかに腕の中をすり抜けていってしまった、かつての曖昧な関係だった一人を思って生きていくのだろう。
これから幾年も続く終焉まで。
見上げた夜空は星など一つも見えなくて、ただ深淵だった。
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曲者クロウ登場。
『クロウ』といれると、『苦労』と真っ先に変換されます。
実は苦労人です(笑)
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