Robinson's cherry 5








 




 
「兄貴」
「なんだ?」
 ウォートがそろそろ寝ようと準備をし始めた頃、籐床で寝転がって天井を見上げていたアークが兄を呼んだ。
 籐床の上に敷布を敷いていたウォートは、布をぴんと伸ばしてしわ一つなくすと、弟に向いた。
「あのさ、あと二週間だろ?」
「なにが」
「本星帰還予定日」
「ああ。そう言えば二週間後か」
 本星からの報告により、墜落から一ヶ月後には出発するように言われているのだ。その出発の日まで、あと二週間。
 ごろりと転がって兄の方にむいたアークは、心なしか眉を寄せながら敷布を見つめた。麻の敷布は雫が織ってくれたものだ。
「兄貴、俺…」
「アークいる?」
 何か言おうと息を飲んだ瞬間、雫がドアを開けて入ってきた。弾かれるようにして起きあがったアークは、言葉を飲み込んだ。
「雫」
「こんばんわ。いたいたアーク」
 笑って夜の挨拶をした雫は、アークを見つけるとそばに寄った。
「明日グランシー街に布売りに行くんだけど、アーク手伝ってくれないかな。五十反もあるから重くて一人で行けないの」
 布を織って生計を立てている雫はたびたび織った布を集落内で売っていたが、多く織ったときは街まで売りに行くというのを聞いていたアークは、わかったと頷いた。よっぽど慌てたのか、耳の辺りが赤い。
 雫は気付いていない様子でお願い、と頼んだ。
「朝から?」
「朝から。九時頃から行きたいな。早い?」
「大丈夫。じゃあ九時前に迎えに行くよ」
「わかった。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
 雫を戸口までおくったアークは、雫が桟から飛び立ったのを見届けると、ベッドに戻って、寝転びはせずに腰掛けてウォートの方にむいた。
 敷布を整えていたウォートは寝着に着替えて、寝床に腰掛けた。
「兄貴、俺、雫で何人目だっけ」
「今まで付き合った数か?
 ……リナ、エイミー、ユーリ、メイ、リズ、カレン、他にいたな…十二人目くらいか。雫は」
 唐突な問いに指を折り折り数えると、アークは自分の事ながら呆れた顔をした。
「そんなにいんのか…」
「最高がメイだったんじゃないか? 半年」
「俺ってサイテー…」
「なんだ?」
 頭を抱えた弟になにを今さらと呟くと、ウォートは寝台脇の洋燈を消そうとした。
 眉目秀麗、ついでに家柄もいい弟に寄ってくる女は大勢いて、選り取りみどりだったせいか、一時のアークは別れた次の日には新しい彼女を連れていることすらあった。今さらそれがなんだというのだろう。
 洋燈に風を起こそうとした手をアークが制した。
「寝ないのか?」
「兄貴、俺、結婚しようと思う」
「俺先に寝る…結婚?
 なにを、おまえ…」
 あまりに突拍子もないことを言ったため瞬時に対応することが出来なくてウォートが聞き返すと、アークは前傾姿勢で膝に肘をついて、指を組んだ。
 弟のこんなに真剣な顔は、大佐に昇格して艦隊の艦長を任されたときすら見ていない。
「雫と結婚して、ここに住みたいんだ」
「一生か?」
「できるなら」
「おまえ、アイシア嬢はどうするんだ」
 動揺したウォートは親の決めた弟の婚約者の名前を出したが、アークはそんなの、と一蹴した。もともと数回親を連れて逢っただけの貴族の姫様だ。奔放なアークの性にはあっていない。
「断る。軍も辞める」
 なんでもないようにさらりと宣う。
「本気か」
「マジだよ」
 呟いた弟の表情は、なによりも真剣だ。
「マジで雫が好きだ。悲しませたくない、泣かせたくない―――いつも笑っててほしい。俺、雫が笑ってくれるんだったら、家も金も身分も要らない」
 幼い頃、弟は父に向かって『最高司令官になるんだ』と言っていた。その夢は十代になっても途絶えることがなく、順調に階級を上がっていく彼を、誰もが将来は最高司令官になるのだと信じていた。彼もそのためには努力を惜しまなかったし、金も家も利用した。実際彼がここまで進級できたのは彼の持って生まれたカリスマ性と持ち前の才能によるものだったが、兄であるウォートもこのまま弟は夢に向かって走るのだと思っていた。
 だが、まさか幼い頃からの夢を凌ぐほどのものが出るとは思わなかった。
「マジなんだ、雫だけ、雫しか考えられない」
 組んだ指を強く握って、拳にして額に打ち付けた。
 はあ、と荒い息を一つ吐く。
「俺寝るわ。明日早いし。…おやすみ」
「…ああ」
 伸びを一つして、アークは寝台に潜り込んだ。
 ほのかに灯る洋燈を自分のそばに引き寄せて灯りがアークのもとに行かないようにして、ウォートもそろりと藤床に寝そべった。
 洋燈の明かりが天井と壁に反射してゆらゆらと生き物のように揺らめいている。
 マジなんだ―――雫だけだ。
 今はもう寝息を立てている弟の声がよみがえる。
 自分は、どうなんだろう。
 そう考えると目がさえてきて、弟を起こさないように静かに藤床から出たウォートは、桟まで歩いて、壁際に座り込んだ。
 本星からでは決して見られないような星が、闇に光る。
 あのジンギョ族は、あの美しい瞳に今なにを映しているのだろう。








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結婚は、こちらでは誓約と言っています。
が。
いくらなんでも考え方が早い気がする、アーク…


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