Robinson's cherry 6
頼りなく踏み出す足が一歩一歩砂を踏んで、少し沈みながらまた歩み出すのを後ろから支えながら見ていたウォートは、そっと手を離してみた。
「ウォークランド……?」
不安げに振り向いた澪から離れて、二十メートルほど行ったところで立ち止まる。澪は方向転換するのに手間取って、ウォートが立ち止まった頃、ようやく後ろを向いた。雫の織った布靴が砂に半分埋もれている。
手招きすると、澪は小さく頷いて、踏み出した。
ひどくゆっくりとした動きで歩んで、澪は両腕を時々開かせてバランスを取りながら、近づいてくる。
「澪」
俯いて足元を見ながら歩いている澪を呼ぶと、ちょっと顔をあげて小さく笑う。あと五メートルというところまで来たとき、ウォートは少し意地悪をして後ろに下がった。
澪が顔をあげてくちびるをとがらせる。
「早くおいで」
言うとまた一歩一歩踏み出す。またウォートが後ろに下がる。顔をあげて不安そうに眉を寄せるが、また歩き出す。あと四、五メートル、というところまで来てまた後ろに下がると、腰布を強くつかんで立ち止まった。小さなひざが少し震えているのは、もうそろそろ足が痛くなってきたからだろう。
「もうやらないから」
だから早くおいでと笑うと、澪は小さく頷いて踏み出した。今度はウォートが後ろに下がる前に捕まえないととでも思っているのか、澪にしては早足だ。
よろめきながら間を縮めて、ようやくウォートの前に立つと、澪は差し出された腕に身を投げた。
二人揃って波打ち際に倒れ込む。
華奢なからだの、重くない程度の体重がかかる。
「歩くの上手くなった。今度港の方で待ち合わせしようか」
「ここでいいよ」
「街は嫌い?」
訊くと、澪は考えるように黙り込んで、小さく首を振った。金糸がさらさらとすべって海水に浸った。
「嫌いじゃないけど…でも」
「でも?」
「騒がしいとこも嫌いじゃないけど……ウォークランドは嫌い?
静かなところ」
騒がしい街中は、活気にあふれていているだけで明るくなれるが、静かなところも嫌いではない。なにより、二人になれる。
「好きだよ」
つんと上を向いて不安げな顔をしているくちびるに、少し触れる。初めて二人で街に行った日から、時々こうやって触れるか触れないかのキスをする。ウォートからの方が多いが、時には澪から帰り間際につま先立ちでしてくるときもある。
ついばむようなキスを繰り返して、少し染まった頬をウォートの胸に押し当てると、澪は長い睫を伏せた。
「そういえば……雫とアークが誓約式するって、ほんと?」
小さな声に耳を疑って、アークの行動の早さに少し呆れる。あの話を聞いたのは四日前なのに、もう澪の耳にまで届いているとなると、翌日にでもプロポーズしたのだろう。
とりあえずそうだと頷くと、澪は別段驚いた様子でもなく、ただ、ふうん、と鼻を鳴らした。
「アーク、どうするのかな」
不意に声が沈んだ。
「星に帰るんでしょう、あと十日くらいで」
澪は知っているのだ。初めて逢ったとき一ヶ月で、と言ったのを覚えていた。ウォートの知らないところで澪は一日過ぎるごとに、あと何日、と数えていたのだ。
「ウォークランドも帰るの?」
「澪も行くか?」
おどけて言うと、澪は首をあげてウォートを見下ろした。
グランブルーの深い青が、揺れている。
「帰らないで」
「でも澪」
「………帰らないで」
言い訳を言おうとしたウォートの目を細い指が覆う。閉じられたまぶたに、くちびるが押し当てられた。
「俺のそばにいて。…ずっと…」
指で目の前をふさがれて目をつむったまま口を開く。
「でも俺には家があるんだ。長子だから家を継がないといけない。だから澪、澪さえよかったら星に行かないか。宙艦船で四日ぐらいで着く。澪ならきっと父さんも母さんも喜ぶよ」
澪が、金糸の軌跡を描いて起きあがった。まぶたを押さえていた指が離れて、ウォートの視界が拓ける。
突然拓けた視界に陽光は眩しすぎて、目が眩む。
「四日も水に触れられないなんて、俺、死ぬよ……」
立ち上がると、少しふらついて、勢いよく海に飛び込んだ。
水柱が立って、ウォートにも降りかかる。
「また、ウォークランド…」
止める間もなく澪は波間に消えていった。
残されたウォートは、澪の消えた波間を見つめて呆然と座り込んだまま光に馴れない目をこすった。
澪のつけていた腰布が、打ち寄せた波に濡れた。
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微妙に意地悪なウォートです。
本当は、澪が本格的に泣き出すまで意地悪をするシーンも書いてみたんですが、
収拾付かないのでやめました…orz
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