Robinson's cherry
4
さらさらと指の間をすべってこぼれていく金糸に、赤い花の細工がしてある髪留めをつけた。
淡い金に、赤が鮮やかに映える。
「いくらですか」
「150リンになりますね」
「ウォークランド、無理しないで」
馬上の澪が遠慮して声を上げたが、ウォートはかまわず店の店主に告げられた金額を支払った。
「ありがとうございまーす」
威勢のいい声に送られて、馬を引きながら市場を歩く。
髪を肩から流しながら、澪が屈んでウォートに近づいた。
「ありがとう。でも…俺はなにも返すことが出来ないよ」
「いいよ、なにも返さなくて。見返りを求めた訳じゃないから。澪が喜べばいい」
最初は驚いた澪の一人称の『俺』も、聞き慣れてしまえば別にかまわなくなる。この星の住人の一人称は人それぞれだ。俺や僕、私、自分の名前とあるが、それぞれ好き勝手に性別など関係なく使っている。実際、澪に服をくれた鮎も自分のことを『僕』と言っていた。さすがに雄性種が自分の名を一人称にしているのは訊いたことはないが、心性種はなんでもありだ。
「脚痛くないか?」
馬を歩かせながら横を見ると、ぶらりと下がった澪の細い脚。今日は裸足ではなく雫が作った布靴に包まれている。
「大丈夫」
締めた靴紐が、足が揺れると一緒にゆらゆらと揺れる。片方の紐がほどけているのを見て、馬を道の路地に入らせて停まらせ、結び直してやる。
「雫は器用だね。きれいに作ってある」
ほつれも大きさのズレもほとんどなく丁寧に作られている布靴は、まるで売り物のようだ。そのまま店頭に出してもおかしくない。
結んだ紐の輪を同じ大きさに揃えながら雫を褒めると、上から澪の沈んだ声が降ってきた。
「ウォークランド、不器用は嫌い?」
見上げると、淡いグランブルーの瞳が、悲しげだ。
初めて聞いた沈んだ声は、酷く悲哀に満ちたもので。あまりに切ない声に、どうかしたのかと心配したウォートが手を伸ばすと、澪はくっとくちびるを噛んで、伸ばされた手にからだを投げた。
金糸が、すうっと軌跡を描く。
「…っと」
軽いからだを抱き留められないはずもなく、落としてしまわないようにきちんと両腕で抱き留めて顔をあげさせると、腕に飛び込んできた美しいジンギョ族は、ゆるゆると淡く揺れる瞳でウォートを見つめた。
からだと一緒に無造作に抱き留めた金の髪が、陽の下、けぶるように輝く。
「嫌わないで…」
懇願がこぼれた。
それはあまりに小さな声で祈られたもので、ウォートの耳には途切れて聞こえた。
「澪、今なんて」
「嫌いにならないで」
聞き返そうと口を開いたとほぼ同時に、澪の声が被さって、ウォートの声はかき消された。
驚いてウォートが俯き加減の澪の前髪を上げさせると、今にも泣きそうな目をしたジンギョ族がいた。
「器用になるから。雫より上手に布靴織れるようになるから…嫌わないで…」
必死に紡ぐ言葉。
あふれても出てもいないのに、なぜだか今にも涙が跡を残しながら伝ってしまいそうな澪の白い頬に手を寄せると、なにも知らずに餌をねだる子猫のように無心にすり寄ってくる仕草が、こちらが泣きたくなるほど幼い。
触れられるだけで、ただそれだけで嬉しいと、からだじゅうで表現している。それが、胸が締めつけられるほど愛しく、同じくらいに哀しい。
その不器用さが身を切るほど切ない。
「ウォークランド…」
誰に呼ばれても胸は高鳴らない。
それなのに澪の喉を通って自分の名前がそのくちびるから吐き出されると、それだけで胸が高鳴るのだ。
人魚が泣いたら涙は真珠になるというおとぎ話を聞いたことがあったが、それは本当なのだろうかとか疑うまえに、一粒、目のふちから雫が落ちた。
目のふちを転がり落ちた雫は頬を伝って、ウォークランドの頬ではじけた。
真珠にならなかったその一粒に濡れた頬に触れる。
視線をあげると澪の頬も濡れている。
顔を寄せて、涙のすじにくちびるをつけると、澪の細い喉が、苦しげに、くん、と音をたてた。
「澪…」
グランブルーのふちからそれ以上雫がこぼれることはなかったが、なんだかこころの中では不安げに泣いているような気がして、そ、とくちびるをあわせてみた。初めてのくちづけだった。
くちびるをあわせていた時間は短かったようにも、長かったようにも感じられた。
「嫌わないで…」
合間に呟かれる言葉を覆い隠してしまいながらキスを終えると、澪は乱れた呼吸で胸を喘がせて、強くウォートの首にしがみついた。
「お願い、嫌わないでウォークランド…」
照りつける夏の陽の下、誰にも見つかることのない狭い路地の小さな影の中で、この星の生まれではない少年とこの星の未分化は抱き合って、二度目のキスをした。
―――嫌うわけない
くちづけの合間に呟かれたたった一つの言葉に未分化は安堵したようにふわりと笑むと、呼吸すらも飲み込もうとしてくるキスに意識を向けさせた。
嫌う理由など、どこにもありはしないのだから。
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ラブラブしくてイヤンな感じです。
アアーアアー…本当の人魚姫はこんなに仲良くないのに…!
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