Robinson's cherry

 3







 


 
「ウォート、澪の所に行くんなら、これ持っていって」
 馬の鞍を付けていたウォートは、後ろから呼びかけられて声のしたほうを見下ろした。
「なに?」
 包みを抱えた雫がいた。
「新しい腰布と、キャミソールと、あとそれと布靴。脚が痛いって言ってたけど、多分肌が砂に擦れて痛いのもあると思うから、布靴穿かせてみて。サイズは大きめに作ってあるから、紐で絞めて調節して」
「雫が作ったのか?」
 布靴の名の通り、布の靴はやわらかくて平べったいが、ふちに小さな花の縫い取りがしてあって、青の花が可愛らしい。底の方は布が何枚も重ねて作ってあり、やわらかいながらきちんとしているもので、なかなか上等な品だ。
「腰布織ったついでにね。布が余ったし」
 大きな布に全部をくるみ込んでウォートにぽんと渡すと、雫はじゃあ、と羽根を羽ばたかせて飛んでいった。
 渡された包みを落としてしまわないように鞍に縛り付けて革靴の紐を強く締めると、馬の背に飛びのった。
 今日は頼まれた仕事が一件しかなく、早々に終わってしまったのでいつもより早いが、リンチュエイに向かう。
 ウォートが行くと、いつも澪は先に来て待っている。ウォートが先に来たことがないのだ。渡すものもあるし、さっさと行こうと馬を急がせたら、なんといつもの半分で着いてしまった。
(早く着きすぎたな…)
 いくらなんでも早すぎるだろうと思いながらとりあえず砂浜に向かう。
「やあ、林檎はいらないかい」
「ランケンの絹で織ったユウビョウの腰布だよ、安くしとくよ、どうだ?」
 馬を引きながら市場を歩いていると、次々と声がかかる。馬を引きながら歩いて、腰に下げた袋の中を確かめた。手伝っていると、少しだけど、と貨幣をくれることがある。使うこともないので、泊めてもらっている家の主人に渡したのだが、自分で働いて作った金だから自分で使いなと言われてそれ以来袋に貯めている。
 この星の貨幣はどの国も共通で、単位は『リン』と『ラクル』だ。リンはその全てがなかなか割れないようにと作られた特製陶器の貨幣で、指の第一関節ほどの細長い長四角の陶器に、100、50、10、5、1のどれかが彫られている。リンと同じ大きさの銀板の貨幣であるラクルは1と10があり、1ラクルは1000リンだ。価値としては、5リンで林檎が一つ買える。
「……5、6、7…5ラクル718リンか…」
 貨幣を数えて辺りを見渡す。これだけあれば結構ものが買える。林檎なら、1458個買える。
 今日は澪を馬に乗せて街に連れ出すのもいいだろう。歩くのが痛くても馬に乗せたままだったら歩く必要はない。それに、なにか欲しがるなら、買ってやりたい。
 ぱかぽこと馬を歩かせながら市場を抜けて、相変わらず閑静な倉庫街を通り、やがて砂浜に出た。いつもと同じように手綱を枝にくくりつけて、雫から預かった包みを鞍からはずして岩に置き、鞍の下に敷いた布を取った。
 広い草原の中で迷っても、遠くにいる相手に出来るだけ自分の位置を知らせることが出来るように、もし夜が来ても最低限防寒出来るようにと、馬には布がかけられていることが多い。
 鞍の下から取った布を広げてたたみ、鞍に敷く。初めて馬に乗ったとき、これをしなかったため、アークは内腿を真っ赤に腫らせていた。これで馬に乗ったことのない澪でも変に内腿をこすって赤くしてしまわないですむ。
 鞍の準備を終えたウォートは、腰布を取って、岩陰ででも待ってるかと革靴を脱ぎかけて、そのまま、中腰の姿勢でからだをあげた。
 見慣れた白い顔が、波打ち際で上半身だけをあげて空を仰いでいた。
 まだいつも待ち合わせている時間には早いはずだ。はっきりとした時間は言い合っていないものの、時計を見るといつも三時頃にはここに来ているのだ。今のはまだ一時だ。待ち合わせにはあと二時間もある。
 革靴を脱ぎ捨てて近づくと、波に背を打たせていた澪が、ゆっくりとこちらを見た。驚いたように、ただでさえ大きな目を見開いて、まだ魚の下半身で水を跳ねさせる。
 薄水色のひれに弾かれた雫がきらきらと陽光を弾いてきらめき、目を眇めながらウォートがそばに立つと、組んだ腕に頭をのせて、斜めに見上げてきた。
 目を開けたまま眠っているようにも見える虚ろな瞳がゆっくりと瞬きを繰り返した。
 長いまつげから雫が落ちた。
 日焼けはしないが、赤くはなる肌は、扇情的な赤みを帯びている。
 上目遣いに見上げてきた瞳が、陽光に反射してきらりと宝石のように光る。
 砂に頬を擦り寄せて、うっとりと目を閉じた。
「ウォークランド、この星はきれい?」
 歌うような声に、頷く。
 唐突な質問にも、もう慣れた。
「緑と白と、青の星だよ。遠くからでも闇に浮かんで輝いて見える」
 ホログラムに浮かび上がる気が狂いそうなほどの深淵の闇の中、小さいながらぽつりと輝いている、宇宙の楽園。
 ぼんやりとほのかに光り輝き、どんな宝石よりも淡く煌めいている。
 いつかあの星の緑の大地に立ち、白の雲を見上げ、澄んだ水に浸ってみたいと、思っていた。
 いつか遠い幼い日から、睡眠装置の浅い眠りの中で、夢見ていた。
「すごく…きれいだよ」
 この星で見るものはすべて美しい。
 人々も、動物も、木々も、すべてが美しい。
 あるがまま、自然のままに生きている。
 闇の中でも輝くこの星の青と同じいろの瞳がうっすらと開かれた。
 打ち寄せてくる波に濡れてしまうのもかまわず座り込んで片膝を立て、伸ばした指でそっとまぶたに触れた。
「ウォークランドの目の色、海の底から見る空のいろと一緒」
 澪は触れられるがまま、まぶたを閉じた。
 さざ波が、華奢な背中を愛おしそうに撫でて引いていった。








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三話目コウシンー。
ウォークランドって名前が長くて嫌になりました(自分でつけたくせに)。


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