淡い光のような雪が舞い落ちる世界。
 その中で色を持っていたのは、冷えて赤くなった指先と、薄く薄く紅を履いた唇、そして、目前に佇む男の黒衣だけだった。
「伊鈴」
 清廉な白の世界で、男の黒衣はまるで消えない染みのようだった。
「私のものになるといい。全てをあげよう」
 白い息とともに吐き出された男の言葉も、色を孕んでいた。
 それは残酷なほどの甘さと、耐えがたい誘惑をした色だった。



 暦五〇四年。
 大国が列挙する大陸から北に遠く離れた孤島の辺境国、遥国に生まれ育ったひとりの姫が、大陸の南西を大きく陣取る大国袁に嫁いだ。
 政略結婚が珍しくない王族同士の結婚式は、袁王が既に近隣諸国の王族や貴族、臣下らから娶った正妃や妾妃ら七人も参加し、それは盛大に行われた。
 しかし白皙に無表情を張り付け、たおやかに下がっている目元を伏せたままの花嫁は、長い漆黒の髪に縁どられた小さな顔に笑みを浮かべることはなかった。
 花嫁は微笑まず、煌びやかなだけの結婚式のあと、七人の妃を娶ってなお八人目を求めた欲深い王は、初夜、花嫁に与えたばかりの小さな宮に足を運んだ。
「…おお、まるであの片田舎の雪のようだの」
 まるで酔漢が無粋を働くように、眠っていた姫の夜着を剥ぎ、育った国を年中覆う雪のように白い肌を撫でた袁の王は、褥に華奢な体を押し付けられたまま、悲鳴さえ上げない姫の純潔を穢した。整った顔に無を張り付けたまま天井を見上げている姫の脚の間からは、薄い鮮血がこぼれて白い褥を汚す。
 ぎしぎしと寝台の脚が軋む巨体を、遥から嫁したばかりの姫の脚の間に進ませながら、一刻を統べる王とは思えないほど野卑た笑みを浮かべた王は、おしろいを刷かずとも白い頬をざらりと撫でた。
「まるで人形よの。まあよい、お前は子が産めればいいのだ。早う孕めよ、わしの国のために頑張るのだぞ」
 ひひひと、引きつった笑い声をあげる男に揺さぶられながら、鮮血を褥に散らす遥の姫は長いまつげが縁どる瞼をそっと降ろした。
 胎内に吐き出される、生ぬるい精を感じながら。