ミルク




 なんにでもであるが、判子を押すときは必ず緊張する。
 保護者の欄に自分の印をしっかりと押すと、遠野ははあと息をついた。
「遠野優威と、遠野楓……遠野葵、か…」
「終わった?」
 二枚の出生届と一枚の婚姻届に印を押して思わず呟くと、傍で子どもたちを寝かしつけていた葵が覗き込んできた。
 ああ、と頷いて二枚を並べる。
「遠野優威、遠野楓…いい名前」
「遠野葵は?」
「いいよ、最高」
 光を透かす薄い紙に葵は嬉しげに笑って呟き、頭を遠野の肩にもたせかけた。
「なんかさー…夢みたい」
「なにがだ?」
 大して重くもない体を受け止め、伸びた髪を指で漉く。出所してから随分伸びた髪は、気付けば肩甲骨をとうに過ぎて、背中の中ほどまで伸びている。
「こうやってさ、子ども産んで、旦那も出来て、認知もしてもらって…なんか、夢みたい。覚めちゃいそう」
 一言一言区切るようにゆっくりと言って、葵はゆったりと目を閉じる。
 意外と長い睫が頬に影を落とすのを見ながら、遠野は漉いていた髪をさらさらと流した。
「夢が覚めたら…どうなんだ?」
「覚めたら? …どうだろ、まだムショの中で、あんたじゃない誰かが俺のこと犯してんのかも…そんでまた妊娠しちゃってさ、…また産み殺されちゃったりして」
 苦笑しながら言うと、葵は不意に黙って体を離した。
「なんてね、冗談」
 小さく呟いて葵は腕を伸ばすと、遠野の首に腕を回して膝に腰をおろした。
 子どもを産んでも産後太りをしていない軽い体は、それでも産前よりも少しやわらかさがある。
「夢なんかじゃない。お前はこれから幸せになるんだからな」
「ん…」
 互いに感じる体温を噛み締めながら葵は頷き、遠野は覚めようのない、確かな現実にいる目の前の体を抱きしめて、肩に顔をうずめた。
 細い体は、うっすらと甘いミルクの香りがした。








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きっちり幸せになったとこも書いてみようかと思いまして。
なんとなくラブラブなカンジですね…(恥)


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