床に敷かれた白いシーツの上に、華奢な体が寝そべっていた。
 少し背を丸くして手足は軽く曲げている姿はうららかな陽射しにうたた寝でもしているように見えるが、降り注ぐ光は、スタジオにいくつか立ち並んだ照明のものだ。
 眩げに目を細めるスイの横顔にピントを合わせ、シャッターを切った。
 撮影は、思った以上に順調に進んでいた。
 あのあと、少し話をした事で緊張も幾分かほぐれたのか、スイは嫌がったりすることもなく、手配されていたメイクアップアーティストの手により薄い化粧を施され、スタイリストに髪を整えてもらった。随分きれいな子、と賛辞をもらいながらもスタイリングが終わるとすぐさま祐吾に小走りで駆け寄ったスイを連れてスタジオに向かい、そこからはすぐに撮影が始まった。
 前もって決まっていた構図に従い、けれど最高の一枚を撮るために何度もシャッターを降ろし、細かい指示を与える。しかしやはりまだ理解できていない言葉もあるので、祐吾は逐一スイに寄っては腕はこっち、目線はあれを見て、脚はそのままと、されるがままの細い四肢や、言われるがままに動く視線を操った。
 ファインダーの向こうで、スイは美しい造形物のようだった。
 髪は染めていないが、少しだけ毛先を整えた。ジェルワックスをつけられて毛先がいつもより跳ね、白い頬や額にやわらかくかかっている。顔にはほんの少しだけファンデーションをはたき、本人が目をつぶって耐えている間に施されたマスカラとアイラインのせいで、いつも以上に目が大きかった。唇には健康的な色合いのリップが塗られ、けれどオレンジにほど近い色味のせいか女性的な雰囲気はなかった。
「スイ、目つむって」
 ファインダーを覗きながら、露出を絞っていく。指示に気付いたスイの閉ざされた瞼にピントを合わせながら、微かな調整でも確かに変わっていく光の加減に集中しながらシャッターを下ろした。
 撮影が始まって、何枚撮っただろう。
 どこにでも売っている無地の白いTシャツとジーンズ生地のショートパンツを着たスイの腹部には、色とりどりの花が散っている。その花はほとんどが茎から離れていたが、褪せたりしぼんだりはしていない。
 照明の熱にもやられず、長時間の撮影にも鮮やかな花びらを開いているそれらは、よく出来た造花だった。
 レンズを隔てた向こうのスイはまるで、腹にのった花たちと同じものに見える。美しすぎて、本物かどうかがわからない。けれど、スイはやはり人間だった。
「ん、ん……」
 ふとむずがるような声がスタジオ内に響いて、祐吾は覗きこんでいたファインダーから顔をあげた。
「スイ?」
 なにかあったかと近寄ると、思いがけず返ってきたのは寝息だった。すやすやと実に健やかな寝息を立てて、スイは眠っていた。
 目をつむれとは言ったものの、本当に眠って欲しかったわけではない。
 しゃがみこんで目の前で手をひらひらと振ってみると、真っ白なセットの中で散らばる花に指を絡めたまま眠りこけているモデルの卵は、瞼をちらちらと踊る光と影から逃げるようにぎゅっと縮こまった。
 しなやかな背中を丸め、細長い手足も折りたたんで小さく小さくなろうとしている姿はまるで胎児のようだ。
「………こういうのも、いいか」
 手配したスタイリストがせっかくきれいに整えてくれた髪はすでにほつれて頬にかかっている。それを指先で適当に直してやり、腹のあたりに無造作に散らばったままの造花をひとつ手に取った。
 水色では淡すぎるし、オレンジでは明るすぎる。黄色ほど眩しくてはいけないし、白にしてしまったら、辺りに溶け込んでしまう。
 一輪の花をやわらかい髪の合間に挿して、そっと足音を立てないように少し離れた。
 色素が薄い髪と白い肌に、赤い花びらがよく似合う。
 打合せで上がった構図とは少し違うけれど、これもいいだろうと、ピントを絞っていく。はっきりと輪郭を映すより、心持ちぼかすような加減をくわえて、シャッターを押す。
 瞬間を切り取る、機械的な音がスタジオに響いた。


(中略)



「重くないかな」
「お前より機材のが重い」
「機材よりは体重あるよ!」
 もう、と拗ねた声を出しながら、あぐらをかいた祐吾の膝の上に乗り上げてくる。機材よりはさすがに体重もあるだろうが、それでもやはり軽く、思わず笑ってしまうと、それが肋骨に響いた。
「いてえ」
「痛い? やめる?」
「笑ったら響くだけだから大丈夫。それよりほら、首つかまれ」
「ん」
 心配そうにしながら、祐吾の首に腕が回って、胸のあたりがぴったりとくっつく。裸の胸同士が合わさると、どちらの鼓動も交互に感じられて、自分の拍動の方が早いのか、それともスイの方が早いのかわからなくなった。
 ベッドヘッドに背を預けて、軽く体を曲げる。少し胸元が軋んだ気がしたが、痛みはなかった。
「…じゃ、入れるぞ」
「う、ん」
 ぎこちなく頷いたスイの、浮いた腰を掴んで引き寄せる。支えがなくとも天を向いた肉杭の先端が、やわらかい蜜が滲む場所にあたり、ぷちゅりと潰れた音がした。
「ん……ん、あ」
 やわらかくて熱くて狭いのに、腰を引き寄せるとずるずると奥まで招き入れられる。怯えさせないよう、傷つけないよう、ゆっくりと挿入していくと、やがて奥にぶつかった感触があって、少し遅れて根元までぐぷりと埋まった。
「っん、う…」
「全部入った。大丈夫か?」
 上向いて首を反らせたスイは、はくはくと呼吸を繰り返している。背を撫でて落ち着くのを待っていると、ことりと肩に頭がかかった。
「おなかいっぱい……ここ、ゆうごがいる」
 緩慢に体を起こして、スイが自分の下腹に手を置く。白い腹にはスイが飛ばした白濁がうっすらと散っていたが、それ以外は平らでなんの変哲もない。けれど眦からはぱたぱたと雫が落ち、スイは嬉しげに笑っていた。
 しばらくそうやっていたが、はあ、と呼吸を整えて、スイがまた頭を肩に預けてくる。それが合図だったように、祐吾はゆるゆると動きだした。
「っふ…ぅ、ん、…あっ、あっ」
 狭く蠢く体内は発熱を疑うほどに熱いが、心地よい温度でもある。締めつけてくる中を掻き分けて、また引いて、そのたびに湿った水音が零れる。
 頭に巻かれていた包帯が、なにかの拍子にずれてしまったのか視界を塞いだが、その隙間を縫ってスイから口付けてきた。
「んっ、ん……ゆう、ご…っ」
 包帯を取りさって背中を抱きながら口付けを深め、零れる声すら飲みこみながら、体の深いところをより強く抉る。
 肌と肌がぶつかる音が響き、その空隙を縫うようにして、酸素を求めるスイの忙しない呼吸が部屋を満たした。