killing you softly 04
茅原智也にコートを貸した日から三日後の木曜日、例のごとく昼休み以降の授業をさぼって旧部活棟の一室に居た利永は、持ち込んだ携帯ゲーム機にひたすら意識を集中させていた。
二日前に発売されたばかりのゲームはネームバリューの大きさもさることながら、携帯ゲームとは思えないほどのボリュームと鮮やかなグラフィックが有名だ。今作が五作目にあたるが、今までに出た全てのシリーズをプレイしてきた利永は、入手してからはひたすらゲームに没頭していた。
草原や砂漠、水辺を駆け巡り、告げられるミッションに応じて巨大なモンスターを倒し、ミッションの精度や達成度によって異なる報酬と階位を与えられるのは単純な仕組みながら愉しめる。手馴れた仕草でコントローラーと一体化している携帯ゲームに夢中になっていると、ふとアルミ製のドアがノックされた。
ゲームに夢中になりすぎて音量が漏れていただろうかと、一旦ゲーム機の電力を切断する。室内の電気はつけていないため、静かにさえしてしまえば、無人としか思えないような部屋の雰囲気だ。
黙って寝転んだままドアを眺めていると、もう一度ノックの音が響いた。
早く行けよと若干苛々しながらも沈黙を貫いていると、ぽそぽそとした小さな声が利永を呼んだ。
「…志方…志方、居る、か?」
切れ切れの声はの主は、どうやら三日前に話したきり教室で顔をあわせても特に会話らしい会話をしていない茅原だ。
(なんの用だ…?)
特に接点もないふたりだ。もう尋ねてくることもないだろうと考えていた利永にとって、茅原の来訪は驚きと同等の疑問に満ちていた。
「志方、いないのか…?」
開けるべきか否か、いや迷うことこそおかしいじゃないかと、無視を決め込もうと脚を組んでゲーム機の電源を入れた時だった。
「うー…」
小さな子がぐずっているような泣き声だった。くぐもった声がドアに響いて、続いて小さくひっくとしゃくりあげる声がする。
「……は?」
なんなんだ。
声は茅原の声である気がするが、泣いているというビジョンが全く浮かばない。暴れん坊というほどの荒くれではないが、金髪に染めた髪や耳にいくつも開いたピアス、先日の喧嘩での勝った様子などを知っている身としては、あまりに様子がかけ離れていて、他人ではないかとすら思ってしまう。
だが、ここに利永がいることを知っているのは、茅原だけの筈だ。
外に居るのは誰だと、起動させたゲームもつけっぱなしにしてドアを眺めていると、ずるずるとドアを擦る音がした。どしゃっとなにかが倒れこむ音もする。つい最近聞いた音だ。
外に居るのは、茅原だと確信してドアを開こうとすると、ごつっとなにかにぶつかる。隙間から覗くと、倒れている茅原の額にドアがぶつかっていた。
「おい茅原、どけ。ドア開かねえだろ」
「志方…」
見上げてきた顔は涙に濡れて、青白い。どけと再度言ってももぞもぞと動くだけの茅原は、それでも更に動こうとして、ううと唸った。
「面倒くせえ」
まったくもって、面倒臭い。
隠しもせずに本人に言うと、一度ドアを閉めて室内に戻り、窓から外へ出た。ぐるりと回ってドアまで行くと、転がったままの茅原の腕を掴んで引き摺り揚げる。なにからなにまで三日前と同じだ。
「なんなんだよ、お前は…」
腕を掴んで持ち上げられても、だらりとしている茅原は自ら立つのも億劫そうだ。呻くのを無視して無造作に担ぎ上げると、一瞬体が強張った。その後はすぐに弛緩してだらりとなり、気を失ったように静かになった。
上背がある利永の目線の先に頭の天辺が来る茅原の体は軽く、担ぎ上げた肩からマットレスの上に下ろすのも特に苦はない。ぎゅっと丸まった茅原はしきりに腹を撫で、時折ふっと息を吐いてぐったりとしている。
「おい、茅原」
「ん…うー…あぁ…」
返事のようで返事ではない声を漏らす茅原は視線だけ利永に向け、すぐにぎゅっと瞑った。
「おい茅原。お前、マジ病院行け。腹痛いんだろ」
「…いやだ」
まるで子どものような応答に苛立ちながらマットに座ると、手を伸ばして携帯ゲーム機の電源を切る。
「いやじゃねえよ、こんなとこでぶっ倒れられても迷惑だ」
「ごめん…でも、病院はいやだ。保健室も…いやだ」
「じゃあ、なんか薬でも飲んで来い」
「効かない。…うあー…」
ごろんと転がって背を向けて丸まる茅原はずりずりと動いてマットレスの端まで行くと、そこでようやく止まった。
「邪魔しないから、居ていいだろ? …静かにするから」
首だけで肩越しに振り返り、こちらを見上げてくる双眸は、先ほどまで濡れていたせいか、未だに潤んでいる。泣くほどに痛いのなら、無意味な意地など張らずに居ればいいのにと思うも、それを口にするような利永ではない。
むっつりと黙ったまま電源を切ったゲーム機を再起動させると、茅原から少し離れた場所でプレイし始める。
沈黙を了承ととったのか、茅原は静かに壁を向いた。しかし、すぐにはっくしゅんと大きなくしゃみをし、情け内声をあげる。
「志方」
「静かにするって言ったの誰だよ」
「コート貸して」
「俺、お前の友達でも何でもないんだけど」
「………そうだけど」
ぽつんと小さな声が壁に反響するほどでもなく消えていく。嫌味のつもりでなく、本当にそう思ったからこそ言葉を口にした利永だったが、思いのほか弱々しい声に、ちらりと茅原を見やった。
実際、友達でもなんでもないのだ。ただ偶然クラスメイトだっただけで、接点など何もない。真実を言っただけなのだ、なにも自分に非はないと思うものの、丸まった背を見ると心持ちが酷く悪くなっていく。
「…汚すなよ」
引き寄せたコートをばさりと投げると、うまい具合に茅原の身体に被さる。すると、首だけを再度捻り、茅原が利永を見た。
「ありがとう…ポケット、カイロ入ってる?」
「ああ」
「使っていい?」
「ん」
利永が短く頷くと、もそもそと動いた茅原はコートのポケットに入れていたカイロを取り出した。昼休み始めに買ってきたそれは十分に熱を持っているもので、じかに肌に当てるには熱を持ちすぎているものだ。カイロをどうするのかと見ていると、茅原はそれを腰とベルトの間に挟んだ。半分が出ているカイロは間抜けで、どう見ても『はみ出ている』感が否めない。
「茅原」
「なに?」
「カイロ出てる」
「ああ、うん」
「意味あんのか、それ」
「あったかいけど」
「半分出てんぞ」
「この方がちょうどいいから」
遠慮なくコートを厳重に腰の辺りに巻きながら言うと、茅原は腰周りだけ重ね着をした状態でごろりと寝返りを打ち、利永の方を向いた。
「なんのゲームしてんの」
「静かにするって言ったの誰だ」
「俺だけど」
「開き直る気か、てめえ」
「いいじゃん。それ、なんてゲーム?」
睨んだところで、茅原はさらりとかわして見上げてくる。苛立つほどではないが、呆れはする。はあとため息をつくと、茅原はマットレスの上に金髪を散らしながら、身体を丸めた。
「エムオブティ」
「エムオブティ?」
「アルファベットのMofTで、エムオブティ」
「なにそれ」
「CMとかで、今ばんばん出てるだろ。これ、MofT5」
プレイ途中の画面を見せると、茅原は身を乗り出して覗き込み、鮮やかなグラフィックに目を瞬かせた。
「きれいだ」
「だろ。4の時より解像度もあがってるから、大分改善されてる」
「ふうん?」
わかったようなわかっていないような、曖昧な声を漏らした茅原だが、画面から視線を逸らしたりはしない。
「お前、ゲームとかすんの?」
「ゲーム、持ってない」
「マジで」
「ん、なんも持ってない。ケータイもゲームとか入ってないし」
「へえ。アーケードとかも?」
「なにそれ」
「ゲーセンだよ。音ゲーとか、あるだろ」
「だめ、UFOキャッチャーも苦手」
「格ゲーとかも?」
「無理。ゲーセン自体、滅多に行かないし。志方は行くの?」
「まあ…毎日ってわけじゃないけど。週イチとかで」
「ふうん。あ、なんか来た」
意外にもぽんぽんと弾む会話のキャッチボールをしていると、不意に茅原が声をあげ、一際画面に近付いた。見ると、画面の中では従者として連れて行ける動物を模したキャラクターが踊りながら画面を通り過ぎていった。
「敵じゃないの、これ」
「これは俺の…なんつうか、従者…召使い…まあ、仲間みたいなもんだ。今のはウサギのやつ、『だんご』だ」
「可愛かった。ほかは?」
「今はまだ…ネコと、ウシがいるだけ」
「ネコ? 見せて見せて」
「あーっと…ああ、こいつ。『マオ』な」
「『マオ』。あ、踊ってる」
画面の中ではネコを模したキャラクターの『マオ』がくるくると回っている。二本足で立つマオは白猫そのものの容姿で、手先と足先だけが靴下を履いたように黒い。尻尾の先とぴんと立った両耳の付け根にはピンクのリボンが結んであり、細い首には細いリボンと鈴がついていた。白いワンピースのような衣装を着ており、それが装備となる。
「可愛いな、この子」
「だろ。防御弱いけど、採取専門にするつもりだから、いいかって」
「女の子?」
「は?」
くるくると回り、時折ころんと転がって愛嬌を振りまくマオをじっと眺めながら、ひどく真剣な雰囲気で茅原が呟いた。
画面の中のマオは、装備のせいで確かにメスに見える。だが設定上で特に性別があるわけではなく、装備によってメスにもオスにも見えた。
「さあ…どっちでもいいし、俺は」
「でも、女の子の方が可愛いだろ」
「こうしたらオスにも見えるけど?」
やたらと食い下がる茅原が覗いている画面上を操作し、耳と尻尾のリボンを外す。頭には角がついた兜を、尻尾には棘がついたリングを嵌める。ワンピースも外して甲冑を着込ませると、完全にオスにしか見えない。
どうだと茅原を見やると、ぼうっとした目で画面の中のマオを見つめていた。
「……志方はさあ」
「あ?」
「どっちが好き?」
「なにが」
「マオ…」
「マオ? なんだ?」
「あー…ああ」
「はあ?」
突然不思議なことを聞いてきたかと思うと、茅原は妙な声をあげ、身体を中途半端に起こした姿勢から、ごろりとマットレスに横になった。そのまま寝返りをうって背を向ける。
「ああ?」
「腹痛いから、寝る」
ぽつりと言って、それきり茅原は閉門の鐘が鳴るまでこんこんと眠り続けた。
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