眸に映るもの
ひらひらと白い花弁が舞うように、天から雪が降りそそぐ。
しんと冷えた中、白い敷布の上に上体を起こして天からの花弁をぼんやりと眺めていた紀憂は、夢を見ているように茫洋とした視線をそっと下に俯けた。見れば、裸の腰にうっすらと日焼けしたたくましい腕が巻きついている。頑健そうな骨の浮き出た手首からしなやかな筋をした腕へ視線を滑らせると、細いものの鍛えられた筋肉に纏われた二の腕が続き、窮屈と言うほどではなく盛り上がった肩、しっかりとした首、そして眠たげな双眸を頂いた顔があった。
「…なにを見てるんだ?」
冷えた空気に掠れた声を零して問いかける史昂の硬い髪に指をやると、いつもは凛と鋭い双眸がゆっくりとした瞬きをした。その様子を見ながら紀憂が口を開くと、乾燥した空気に、薄い皮膚が僅かに切れた。
「っ…ゆき、を…み、て、まし、た」
言いながら指を唇に這わせると、冷えて薄く赤に染まった指先よりも赤い雫がつく。
じんと軽く痺れる下唇を薄く口腔に巻いて、鉄の味のする雫をぺろりと舐めた紀憂を相も変わらずの安穏とした目で見上げていた史昂は、淡色の唇の合間から零れた舌先に赤を認めると、おもむろに起き上がった。
視線の先には、互いがいる。
紀憂の黒い双眸の中に己がいるのを確かめた史昂は、腕に捕えた腰を引き寄せた。そろりと差し出した舌で、赤い雫が浮いた唇を舐める。
甘い鉄の味を舌に乗せると、細い体が史昂の腕の中でよじれる。逃げようとしているようにも、焦らしているようにも見えるその姿に僅かに口角をあげると、すいと体を離した。しかしそれでも腰を抱きこんだ腕までは解かず、未だ紀憂は史昂の腕の中だ。
じっと見上げてくる瞳の中、映るのは己のみ。その事に満足して息を零すと、ふ、と紀憂の唇が撓んで笑んだ。
「どうした?」
「し、こう、さ、ま…めの、なか、ぼ、くが、います」
嬉しげに双眸が撓んだ隙間から、黒い輝きがきらきらと漏れる。
「なんでだかわかるか?」
寒さのせいか、うっすらと赤らんでいる頬に手のひらで触れながら史昂が問いかけると、温かな手のひらに微笑んで、紀憂ははい、と頷いた。
「しこう、さま、が、ぼ、くを、みて、い、るか…ら、です」
以前は恥ずかしがったり、自分に自身が持てずにいた言葉も、今はしっかりと声に乗せられる。それでもやはり恥ずかしげにはにかんで、紀憂は手のひらに頬をすり寄せた。
やわらかくひんやりとしたその感触を味わいながら、うっすらと赤の滲んだ唇が零した言葉に満足して息を零した史昂は、微笑みに緩やかな曲線を描く瞳が瞬きをしてふんわりと丸くなったその中に人影を見つめて、ふと目尻を和らげた。
「紀憂」
「はい」
「お前の目の中にも誰かがいるぞ」
「は、い」
「誰かわかるか?」
「………はい」
問いかけると、濡れたような漆黒の双眸がぱちぱちと二度三度瞬いて、それからまた、細く笑んだ。そしてそっと開いた唇からは、たった一人の名が零れた。けれど、それを知るのは、降り注ぐ雪からも、冴え冴えと輝く月からも隠れるように白い掛け布の中に隠れてしまった二人だけだ。
あとはだた、しんしんと冷える空気に染みるように、掛け布から零れた淡い笑い声が溶けるばかりだ。
終
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『asterrisk』四周年記念SS第一弾。
いつになくいちゃついて恥ずかしい限りです…