月光花












「っあ…ん、ぁ、んっ…」
 夜も更け、闇をかき乱すように騒いでいた虫たちですら眠りにつく時間帯に、紫電宮の一室では甘い声が啼いていた。
 既に灯火は消しているが、開け放した窓から差し込む月明かりに、細い肢体の影が、ぴかぴかに磨かれた床で揺れる。
 ゆらゆらと自分の上で揺らめく寵妃を見上げながら、史昂は得も言われぬ幸福に包まれていた。
 つい先月、第一子である息子の史紀が生まれてからというもの、寵妃の紀憂は、まったく史昂に構ってくれなくなっていた。
 高い泣き声が上がれば、紀憂はとにかく史紀のもとへ飛んでいくのだ。それは甘い睦言交じりの会話の途中でも、仲睦まじく摂る食事の席でも、昼のうららかな休憩時間でも、眠る前の僅かな時間でもだ。
 どんなに史昂が紀憂を求めていようと、泣き声が一声上がれば、紀憂は史昂を放っていってしまうのだ。
 それに不満を覚えてはいたが、相手は赤子、しかも自分の息子だ。
 情けない事を口走れないと、ぐっと我慢していた史昂は、珍しく史紀が静かに眠っていた今夜、久しぶりに、と紀憂を誘ったのだった。
 約十ヶ月ぶりに抱く体は相も変わらず白くすべらかで、細い肢体に性の神秘を携えている。
 ぐっと腰を突き上げると、折れそうにしなる体を見上げながら、史昂は、露を零す小さな花芯を指先で嬲った。
「ここと中、どっちがいい?」
「っん、ん…ァ…」
 くちゅくちゅと卑猥な音をわざと立てながら問いかけるが、胸に大きな傷跡を残した寵妃は、中と外から湧き出る強い快感に甘い声音を零す事しか出来ない。
 しかし問いかけの意味はわかっているらしく、恥らって潤む双眸を見ながら、史昂は接吻けを求めて降りて来た唇を軽く吸った。
「ん…」
 求めてくる接吻けは、微かなものだ。
 しかしそれを貪欲に深いものへと変えながら、しなだれかかってきた細い背を抱いた史昂は、すっかり自分の上でへたりこんでしまった紀憂に苦笑して、体を抱いたまま反転した。
 細い体を寝台に横たえると、細い腕があがってきて、そっと首を抱く。
 それだけの仕草でも嬉しく思いながら、史昂が腰を動かしだしたときだった。
「っふ…ふ、ぇ…」
 反転して紀憂を寝台に寝かせたときに響いた軋みの音が耳に障ったのか、衝立の向こうにある揺り篭から、かすかな泣き声があがった。
 こんないい時に起きられては適わないと史昂が腰の動きを止め、静かにしていると、泣き声はそれ以上続くことなく途切れる。
 このままもうしばらく静かにしていれば、史紀も起きずにそのまま眠るだろう。そうすれば、紀憂は行為を中途半端に放ったりもしない。
 それまでは大人しくしていようと、ごくりと唾を飲みながら衝立を見た史昂だったが、母は強しと言うか、子どもの事なら何でもわかっているというのか、感じきって、史昂に縋りつくしか出来なかったはずの紀憂が、おもむろに史昂から離れた。
「紀憂?」
 本当に微かな泣き声だったのに、まさか聞こえてたのだろうかと思う間もなく紀憂は史昂の首に回していた腕も解き、すっかり体を離して寝台から降りてしまう。
「おい、紀憂」
 いいところなのに、と引きとめようとした史昂だったが、伸ばした腕をするりとすりぬけて紀憂は裸足で衝立の向こうへ消えてしまった。
「……」
 相手がいなくてはこれ以上の続きは出来ない。すっかり元気をなくしてしまった己を、いっそ不憫だとすら感じながらすっかり拗ねて史昂が横になると、月光を受けた衝立に、紀憂の影が映った。
 細い腕が揺り篭に入り、小さな体を持ち上げて、優しい仕草で胸に抱く。
 ぐずっているのか、史紀の小さな泣き声が聞こえてきたが、すぐに、喉を鳴らして液体を嚥下している音が聞こえてきた。
 そして、途切れ途切れの、歌とも呼べないような微かな声も耳に届く。
 声が長い間出ない紀憂には、歌うことは困難だ。しかし音程の端々をとらえることは辛うじて出来るため、それを口ずさんでいるのだ。
 衝立を透かす影を見ながら、歌といえない子守唄を聞きながら、いつしかとろとろと微睡んでいた史昂は、視界を覆ってするりと入り込んできた肢体に、閉じかけていた瞼をふっとあげた。
「ごめんなさ、い、しこう、さま」
「……」
「でも、しき、は、しこうさ、ま、との、こ、だから…」
「…わかってる」
 独り占めしたいと思うのは、ただの狭隘な心のせいなのだ。
 紀憂はただ、自分と史昂との間に生まれた子を心から慈しんでいるだけなのだ。
 己の狭くて見苦しい胸の内をすかされたようで史昂が口早に言って目を閉じると、ふと、顔の前にやわらかな温度が寄った。
「しき、は、たいせつ、です。でも、そのすき、と、しこうさま、の、すき、は、ちがうか、ら…」
 だからやきもちしないで、と小さなささやきが耳に落ち、細い腕が頭を抱く。
 結局は自分の意地も、紀憂の前では崩れてしまうのだと感じながら、しかし史昂は先ほどまで感じていた焦燥の様なものが溶けていくのを感じていた。
 頷く事も出来ないまま、大きな傷を抱えながらも何処までも優しく柔らかい胸に抱かれて、史昂は眠りのふちに意識を浸した。
 すっかり寝入ってしまった史昂の髪を指先でいじりながら、紀憂はひとり、月光に照らされながらうっすらと微笑んだ。
 ―――基本的に、やきもちやきなんだ。子どもにすら嫉妬するぞ。
(やきもちやかせて、ごめんなさい)
 柚の言葉を胸に反芻させながら紀憂は、起きている時はきっちりとしているくせに、眠ってしまえばどこか幼いところを見せる男の横顔をそっと見下ろして、小さく笑った。
 月光を眩しがって紀憂の胸に隠れてしまったその仕草は、先ほど起きてぐずった我が子が、月光に瞼を照らされて泣き出したのとよく似ていた。
 
 








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やきもちな史昂、というリクが結構多かったので書いてみました。

…ただのわけわからん甘々になりました;


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