いわいゆめ










 なにかが触れているなと、昂稀は思っていた。褥に横たわった身体が上手く動かないのは、複数の蠢くなにかが乗りかかっているからだ。
 柔らかいその物体はどうやら生き物のようで、落ち着きなく動いている。薄目を開けてみると、それは小さな子どもだった。
 複数いる子どもは、それぞれに年齢が違う。一番年嵩の子どもと一番幼少の子どもでは、十以上も年齢が違って見えた。
 わらわらと思い思いに動いては昂稀の頬を抓ったり腕にしがみついたりしている子ども達は、けれども決して昂稀の傍を離れたりはしない。生まれてこの方、触れたこともなかった子どもたちに促されるまま起き上がると、あぐらを掻いた脚の間に小さな子が座り、一番年嵩の子が、まだ首すら据わっていない赤子を昂稀に渡した。
「はい」
「抱き方が…わからない」
「首を支えるんだよ」
「こうか」
「うん」
 言われるままに抱いた赤子は小さく、まるで豆腐のように柔らかい。間違えても落としてしまわないようにと、どうしても強張ってしまう腕にしっかり抱く。他の子ども達は昂稀の前にそれぞれ座り、その様子を見守った。
「…こんなに柔らかいんだな、赤子は」
「そうだよ」
「乳臭い」
「そういうものなんだよ」
「温かいな」
「そうでしょ」
 腕に抱いた赤子の感想を述べるたび、違う声が返してくる。
 馬上から民が抱いた赤子を見たことはあっても、実際に抱いたことなどない。小さくて泣いてばかりで、どんなにか手のかかるものだろうかと、昂稀にとっては未知の生き物だ。しかし実際腕に抱いてみると、なんとも頼りなく、けれども温かく優しい感触と匂いがした。
 すやすやと眠っている赤子をしばらく揺らしていると、ふと薄い瞼があがり、黒い双眸がぱちりと開いた。
 一瞬目が合い、赤子がふにゃふにゃと笑う。その笑みがとても可愛らしく、どこの子とも知れないが、昂稀は染みひとつない赤子の頬に、そろりと自分の頬をつけてみた。
 温かで柔らかい頬はふわふわと優しく、甘い香りがした。
「いいなあ」
 ふと、声があがった。
 赤子から顔をあげると、一番年嵩の子どもが膝を抱えて笑っていた。
「なんのことだ」
 昂稀は問いを投げたが、年嵩の子どもは応えることなく立ち上がった。すると、釣られたように周りの子ども達も立ち上がる。
 座ったままの昂稀の周りに立った子ども達は、皆一様に笑っていた。その顔は無邪気で、ふと昂稀は無償に愛着を覚えた。
「またね」
「またね」
「またね」
 口々に子ども達が声を投げ、ふわりと浮いた。次の瞬間には光に淡く消え、そこにはなにもない。
 最後に残ったのは、年嵩の子どもだった。
「なんだ、皆、何処に行った」
「何処でもないよ」
「だが、いないだろう」
「ううん、いるよ」
 子どもは笑った。その目尻が少しだけあがる笑顔が誰かに似ていて、その人物に記憶がたどり着いた瞬間、昂稀の意識は急速に薄れていった。
 意識が完全に覚醒に近付いた一瞬、きゃあと可愛らしい赤子の声をひとつだけ聞いた。












 瞼を透かす陽光を感じて薄目を開けると、ちょうど薄水色のなにかが顔の上を覆ったところだった。
「………詠凛、布を引いてくれ。昂稀に…陛下に光があたるみたいだ」
「あらまあ、気付きませんで。お目覚めになってしまいますね」
 頭の上から響く声は聞き慣れた寵姫のそれで、少し離れた場所から聞こえる声は寵姫付きの女官のものだ。
 視界を覆う薄水色の何かが扇だと気付いた昂稀は、それを退かそうともぞりと動いた。
「あ、昂稀。ごめん、眩しかった?」
 退けようと動いた手に逆らわず、扇は横にずれた。現れたのは想定通り、唯一の寵姫だった。
「こんなとこで寝て…感冒にかかったらどうするんだ。ただでさえ昨日は大騒ぎして酒盛りしてたんだから」
 こんな場所と言われて昂稀が視界を巡らせると、どうやらここは、寵姫の宮にある一室らしかった。いつもは質素とまではいかないものの、物が少なく整頓されている室内がそれでもそこそこ煌びやかに飾られているのは、そういえば年末を送る祝いと新年の祭の為だったと思い出す。確か昨日が年の最後で、親しい官を招いての宴だった。新年の一日目である今日と七日後にはまた宴の予定が入っており、その際には隣国である斉国国王と王妃が訪れる予定だ。
 口ではぶつぶつと言いながらも、柚は女官から渡された薄掛けを手ずから広げて昂稀にかけた。緩やかな風が巻き起こり、ひんやりと冷えていた足先から肩までが仄かに温かくなり、またうとうとと瞼が落ちかけるのを感じながらごそりと身じろぐと、中に硬いものが入っている柔らかな場所に頭を落ち着けているのだと気付いた。
「……ああ」
 触れてみると、それがどうやら柚の細い腿だとわかる。そういえば、深夜まで和秦と飲み明かして、明け方に床についた。その眠気が未だ残り、昼餉を食べた後、柚の膝枕に甘えながら寝入ってしまったのだった。
 ふと夢で触れた赤子の頬を思い出して指先で押すと、笑った柚が自らの膝に頭を預けている昂稀を見下ろした。
 笑んだ目尻が少しあがっている。
「なにしてるんだよ、昂稀。くすぐったい」
「赤子…」
「え?」
「赤子の夢を見た」
「…へえ。どうだった?」
 ぽそぽそと喋る昂稀の声を拾おうと、柚が身体を少し倒すと、昂稀の視界には柚しか映らなくなった。横になっている昂稀の二の腕に置かれた柚の手が温かい。
「小さかった」
「そりゃな。赤ん坊だもの」
「柔らかくて…豆腐みたいだった」
「他に喩えるのがあるだろ。可愛かった?」
 温かい手が二の腕をそっと摩るのが心地よく、また次第に瞼が下がり出す。それでも耳朶に滑り込んでくる柚の声に律儀に応えようと、のろのろと昂稀は口を開いた。
「…ああ、可愛かった」
「子ども、好き?」
「わからない…子どもに触ったのは初めてだ」
「そうなんだ」
「見たことしかない…無邪気で…やわらかくて、いい…」
「嫌いじゃないんだ」
「…ひなたみたいな…いい匂いがした」
「それはいい喩えだ」
「あと、…乳臭かった」
「赤子だからな。…昂稀、男の子と女の子とどっちが好き?」
「どっちも…赤子は、可愛い…」
「両性だとしても?」
「いい…」
 ぽそぽそと声を返していると、上から小さな笑い声が降り注いで耳朶を掠めていく。
「詠凛、陛下はどこかで聞いたのかな。それとも、先見の才でもあるのかもしれないな」
「ふふ、お目覚めになったら、きっと驚かれますね」
(なんの事を話しているんだ…? 俺には先見の才などない)
 そうは思うものの、眠気が勝って口が動かない。腕を摩っていた手のひらが肩を撫で、そのままゆっくりと頭に置かれた感触を最後に、昂稀は再度眠りに浸った。
 その後一刻ほどして目覚めた昂稀は、寵姫本人の口から今年最初にして最大の驚愕と歓喜である報せを聞き、急遽新年の祝いの言葉とともに、国民達へ喜びの声を伝えた。  








































END ----------




















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