慈しみの花 7





 


 暦五四二年。
 季節によって変わりはするものの、秋の月が一番美しいと、王宮内で開かれた夜会に参加していた昂天は室内から出て、欄干に凭れていた。室内ではちょうど来国している斉国国王斉利勝とその正妃の伊鈴が昂稀や柚と談笑をしており、また、設えてある長椅子では長兄である史昂が正妃に迎えた紀憂とともに、眠たげにしている三人の子どもをあやしていた。室の隅に置かれた卓子では昂天の双子の弟にあたる昂地が、斉国国王一子の呼桜を相手に碁に興じており、昂地よりさらに下の弟ふたり、李昂と珂昂は斉国国王二子の莉鈴、三子の藍莉と笑いあっていた。それに給仕のための数人の女官と官が加わり、室内は華やいだ空気に溢れかえっていた。
 花曇の夜空には冴え冴えとした月が浮いており、やわらかく清浄な光を投げてくる。
 手にした杯に満たされた酒の水面に浮いた月を伏せた目で見やり、それごと飲み干して喉を潤していると、ふと扉が開く音がした。
 振り返ると、真那がいた。
 初陣のために出掛けた山で救ってから、既に十二年。どちらかに偏った方向で育てたつもりはなかったのに、真那はどちらかといえば少女のように育ち、また、並んで育ったはずの柚空は少年のように育った。今夜の衣装もそれを如実に現しているように真那は柚が見立てた女物の衣を身につけ、柚空は一見官服にすら見えるほど簡素な男物の衣を身にまとっていた。
 まとった肩掛けの裾をふわりと揺らしながら段差をそっと降りて縁台に足をつけた真那は小さく微笑むと、ぱたた、と二三歩駆けて昂天に寄り添った。
 結われて簪でまとめられた髪がふわふわと揺れる。
「月、綺麗ですね」
「ああ」
 上を向き、満ちるには足りない月を見上げている顔は白い。その頬が、わずかに口に含んだだけの酒のせいなのか、それとも薄く刷いた紅のせいなのか、ほんのりと染まっているのを見ながら頷いた昂天は、杯に薄く残った酒で口腔を潤してから杯を欄干の上に置いた。つるりと滑らかな白磁の杯のふちを、月光がなぞる。
 隣で小さな笑い声が上がった。
 それは微かなもので、昂天がちらりと視線を横に流すと、頬を染めたままの真那が目を細めて破顔していた。
 普段はうっすらと微笑むだけの真那なので、どうしたのだろうと思いながら欄干に背を預けて顔だけを真那に向けると、十二年もの間慈しんできた昂天の養子は、細い腕で昂天の腕を抱きしめ、楽しげにじゃれついた。
「なんか気持ちいいです。ふわふわして…お月さまきれい…」
 幼い頃より仮にも宮中で育ったものとしての礼儀作法を叩き込まれている真那は、宮中で生まれて王直系の血を引く柚空よりも礼儀には聡しい。さすがに物心つかない頃は昂天にまとわりつき、王である昂稀に甘え、母のように慕う柚に抱かれたりしていたが、七つを迎える頃には分別を弁えた大人のように振る舞い、公の場ではもちろん、ふたりでいても年相応の幼さを出すことはなかった。
 しかし今は酔いのせいなのか昂天にじゃれつき、くすくすと笑っている。
 笑いながら昂天の腕を引っ張った真那は、そのまま踊るように片足をたんと踏み出した。
 幾重にも羽織った衣装の裾が、真那が動くたびに揺れる。それは風にはためきながら、月光に反射しながら、様々に昂天の目に映った。
 ひらひらと舞いながら真那は微笑み、しかし白い光に照らされるその横顔はどこか悲しげに、月光に映えた。








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紀憂よりもどこか乙女チックな真那。
もういっそ女の子でもいい気がしてきた…orzorz