君がため 7

























 体のどこかがぱりぱりと音を立てて剥がれていくような感覚を覚えて、穂摘はふと目を覚ました。深夜なのか、目を開けたところで何かが見えるわけではなく、瞼を閉じている時と寸分違わぬ闇があった。
「ゥあ…ァ?」
 痛いような痒いような、そんな感覚が体中の皮膚を覆っていた。ぱりぱりぱさぱさと、体のどこかが剥けている。けれど、それが痛いわけではない。そして、どこの皮が剥けているかがわからない。なんなのだろうと身体を動かそうとした穂摘は、上手く腕があがらないことに気付いた。脚も思い通りにならない。
(なに…? こわ、い)
 びりびりと痺れたように四肢は上手く動いてくれない。誰かいないのかと悲鳴をあげかけたそこへ、聞き覚えの無い声が、膜を一枚隔てたようなくぐもりと共に響いた。
「起きたのか…? 動いてはだめだ」
 静かな、ゆるやかな低い男の声だ。宥めるように声が響いて、ひいやりとしたものがゆっくりと頭を撫でた。やわらかく大きな感触は、誰かの手のひらなのだろう。
(だ、れ…?)
 聞き覚えの無い声だが、不思議と恐怖はわかない。穂摘が口を半開きにしたまま四肢を動かそうと体を強張らせることをやめると、いい子だと褒めるようにもう一度頭を撫でられた。
「ちょうどいい、薬を飲もう。さあ、垂らすよ」
(薬? くす…、あ、おかあの…)
 母の薬を貰わなければならない。そう思っていると、薄く開いた口の隙間に冷たい雫が落ちてきた。飲むほどもない量だが、こくりと喉を鳴らして嚥下すると、また雫が落ちてきた。うっすらと甘みの混じるそれが落ちてくるたびに飲み、十滴ほども飲むと、ようやく雫の落下が止まった。ひいやりと冷たかったそれはほんの少量であったはずなのに、臓腑に染み渡るようだ。
 もう与えてはくれないのかと口を開けたままでいると、そっと指先が顎を押して口を閉ざされた。
「おしまいだ。また、夕に飲ませる」
(夕? 今は夜じゃない…?)
 それならば、なぜ視界は暗いのだろう。疑問を抱いて始めて、穂摘はどうやら自分の目許が何かで覆われていると気付いた。
(なに、なんで?)
 目を塞いでいる何かを取ろうとした穂摘だったが、次の瞬間腕から背中にかけて走った激痛に身体を強張らせた。
「ひ…いっ!」
 脳天までが赤く閃くほどの痛みが喉から悲鳴を押し出させた。短い叫びをあげた穂摘の胸に、すぐ傍にいるらしい男が手のひらを当てた。ひんやりとした感触だけが混乱から穂摘を引きずり出そうとする。
「落ち着いて。大丈夫だ、ゆっくり、息を吸って、…吐いて」
「ひー…ふっ、ふ、うう…」
 耳に届く声だけを頼りに言うとおりに不器用な呼吸を繰り返していると、激痛がどうにか引いていく。それでもまだびりびりと痺れるような痛みに動けずにいると、顎を軽く掴まれて口が自然と開き、乾いた口内に先ほどの雫が零された。一滴飲むたびに痛みが緩和されていき、やがてもせずにあがっていた呼吸も整う。
 ふうと大きく息を吐き出すと、ほっとしたような声が降った。
「お前は火傷をしているんだ。無理はいけない」
「やェ…ど」
(火傷って…どうして?)
 なぜ火傷などと疑問が湧き上がったが、すぐさまそれは恐怖へと色を変えた。
 瞼の裏側の暗闇によみがえるのは、家中を嘗め尽くす炎と、焼けた梁の下に消えた父母の姿。そして、自らの身体を焼いた熱の色だ。
「ぅ、や…やあっ」
 咄嗟に穂摘が悲鳴をあげると、治まったはずの痛みが熱をともなって肌を舐めた気がした。全身を震わせると、穏やかな声が上から降った。
「大変なものだったが、どうにかお前は生きている。大丈夫だ」
 囁くような声は恐怖と混乱が滲みこみはじめた意識を覚醒へと導き、じわりと耳朶に残る。まだ呼吸は荒いままだったが、どうにか悲鳴が出なくなると、また唇を湿らせるように雫が口腔に落ちた。
「三日四日もすれば、どうにか動けるようにはなるはずだ。それまで不自由だろうが、我慢してくれ」
 ぽたり、ぽたりと調子を崩さず穂摘に雫を与えながら男は言い、
「俺は、その…薬師の志郎だ。お前を山道で拾った」
 小さな声で己の素性を話した。
「お前、名は」
「ほう…ほう、い…」
 かさかさに割れて乾いた唇は上手く動かず、顎も引き攣れたようにぎこちない。自らの名前すら満足に言えない穂摘だったが、意識ははっきりとしている。先ほど脳裏に閃いた辛い記憶は、紛れもない真実だった。
「っあ、あー…」
 じんわりと、目の辺りが少し熱くなって、それからひんやりとした。相変らずぱりぱりと肌が剥がれていくような感触の上が少し湿る。
 自分が泣いているのだと気付いたのは、志郎が頭を撫でてくれてからだった。
「ほうい。大丈夫だ、きっと治る。大丈夫だ…」
 発音の足りない名前を、志郎は間違っているまま覚えたようだった。けれども優しい声は穏やかで、恐怖の記憶をいくらか薄らげてくれる。
 肌がどこからともなく剥がれていく感触は相変らず治まらなかったが、目許がひんやりと冷えてくるのを感じながら穂摘は熔けるような眠りに落ちていった。

























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短くてすいませんすいません。