君がため 3



























 喉が渇いていた。
 宇和島の零した一言で太郎山へ向かうことになった穂摘は、山の麓まで馬に揺られた。振動に耐えかねて悲鳴をあげ、いっそ死なせてくれと懇願したが、それは叶えられず、馬で行ける場所まで行ったあとは無理矢理重吉の背に負ぶわれた。全身に幾重にも塗り薬を塗られ、その上から布を巻きつけれた穂摘は薬の匂いと血膿の混じった臭いを発しており、悪臭を放つ汚れた布の塊だった。
 意識は常に朦朧とし、失ってしまえればいっそ楽なはずなのに、絶え間なく襲ってくる激痛がそれを許さない。最初は焼けた喉から悲鳴を迸らせていた穂摘だったが、次第に声も弱まり、時折「ァ…」「ァ…」と声とも呼気ともつかない音を漏らすだけになった。
 悪臭を放つ穂摘を背負った重吉は終始不機嫌で、抱えなおすたびに腕につく薬と血膿に舌打ちをし、容赦なく穂摘を責め立てた。
「さっさとくたばれよ、穂摘。どうせお前、助かるわけがねえ。親父殿は水を飲ませたら死んでしまうとか言ってたが、水も飲ませてやるよ。喉渇いてんだろ?」
 そう言いながら坂道を上がっていく重吉の腰には水の入った瓢箪が下げられており、動くたびにちゃぷちゃぷと涼しげな音がする。
 死んでしまうとしても、この喉の渇きが癒されるなら、それでいい。むしろ、こんな激痛と悪臭にまみれ、助かりようのない大火傷を抱えた身ならば、ここで絶えてしまってもいいと言おうと穂摘は口を開くが、声すらまともに出ない。
 隙間風のような呼気が喉から吐き出されたのを左耳で聞いて、穂摘は上手く瞼が動かないせいで乾いてしまう目を潤ませながら、茫洋と視線をさまよわせた。
 父と母が命を投げ打ってまで生かしてくれたのに、命を捨ててもいいと思ってしまう自分が情けない。けれど、今の穂摘に出来ることは刻一刻と忍び寄ってくる死の足音に耳を澄ませることだけだ。
(おとう…おかあ…)
 父も母も、あの炎に奪われた。重蔵はもちろん宇和島も、重吉でさえ話題には上げないが、助からなかったことは明らかだ。そして自分も、今まさに死に瀕している。
 いっそ捨てていってくれないだろうか。今捨てずとも、数刻もせずに自分が死ぬことは穂摘にもわかっていた。痛みと熱は絶えず、それなのに先ほどからは酷く寒い。喉は乾いて仕方なく、薬と体液の滲みこんだ布に包まれた肌は爛れて痒いような気さえした。
(降ろして…もう…降ろして…)
 どうせなら土の上にでも置いておいて欲しい。移動する背の上では常に体が揺れ、激痛が走る。それくらいなら、冷たい土くれの上で息を引き取りたい。
 そんなことを穂摘が考えていると、唐突に背中が大きく揺れた。一瞬の内にぼやけた視界は大きく回り、穂摘は土の上に投げ出された。そのままごろりと転がり、浅い水たまりに背中のあたりが浸る。目が眩み、悲鳴すら出ないほどの痛みが身体を駆け巡ったかと思うと、自分でも制御しきれないほどの強さで四肢が痙攣した。
「いってえ…おい、穂摘」
 遠くから重吉の声が聞こえる。木の根に重吉がつまづいたために穂摘は背から投げ出されたのだったが、それすらもわかり得ないほどの苦痛が死に掛けた身体を襲った。
 びくびくと手足が震え、あまりの痛みに呼吸もままならない。水たまりに浸った背中だけが冷たいが、同時にその場所だけが、肌が次々と膨らんでは破裂していくような感覚があった。
「穂摘。おい!」
 返事が出来ない。体が自由にならない。痙攣は止まらず、呼吸は不規則に止まる。目がかすれ、耳も聞こえなくなってくる。
(もう、だめだ…)
 酷い惨状になっている身体とは裏腹に冷静に自らの最期を悟った穂摘が、心中で呟いた時だった。びくんと大きく体が震え、ぴたりと止まった。
 乾いた声が、やけにはっきりと耳に届いた。
「死んだか」
 重吉の声だった。あーあ、とさも残念そうに溜息をついた彼は、死んじまったんなら仕方ねえと言い訳のように呟いて、穂摘の傍にしゃがみ込んだ。
「…仕方ねえよな。お前暗いし、体中痘痕だらけだし。親父殿はなにを気に入ってんのか知らねえけど、許婚なんて馬鹿言いやがって。お前が俺の許婚でさえなかったらさ、俺だってここまでやりゃしねえよ、でもなあ…悪ぃな、俺、真砂屋の妙と約束してんだよ。いつか身請けしたら嫁にしてやるってな。ありゃあ器量はいいが、すげえ嫉妬深いから、正妻じゃなきゃいやなんだと。妾でお前を娶るのも駄目だな。だから…まあ、すまねえわ」
 ひとしきり言い訳を呟くと、さあてと重吉は立ち上がった。その声はどこか晴れやかだ。そしてそのまま、重吉は去って行った。
 既に穂摘は、その後姿さえ見えなかった。



























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回を増すごとに暗くなっているのは気のせい……じゃないなと確信。